30年前の記録とともに、鮮やかに蘇る記憶――。アフリカ大陸最高峰・キリマンジャロ登山を楽しむ基礎知識 総集編

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過去の登山記録は、どんな形でもいいから、できるだけ詳しく残しておきたい。改めて目を通したときには、記憶も鮮やかに蘇る――。大矢氏が2度めに訪れたキリマンジャロでは、過去のキリマンジャロ登山の記録と記憶によって、さらに想い出深いものになったという。


ヤマケイオンライン読者の皆様、山岳防災気象予報士の大矢です。今回はキリマンジャロの連載の最終回となります。私が2度目のキリマンジャロ登頂を通じて見たこと、感じたことを中心にお伝えしていきたいと思います。これまでの連載記事を、これからキリマンジャロを目指す方に参考にしていただけましたら誠に幸いです。

キリマンジャロ最高点での集合写真(前列左から2人目が筆者 2008年1月2日 現地ガイド撮影)

 

ひとりで登るより仲間たちと一緒に登った方が楽しい

私の最初のキリマンジャロ登頂の時は個人でキリマンジャロ登山ツアーに参加しましたが、2度目の時は所属するデンソー山岳部の50周年記念登山でした。16名(うち女性3名)の参加者で、28歳から70歳という幅広い年齢層でした。

私はキリマンジャロ登頂の実績を買われて、当時のデンソー山岳部部長から参加を打診されていましたが、個人的には欧州大陸最高峰のエルブルース(5642m)に登りたいという気持ちが強かったため、どうするかかなり迷いました。しかし、山岳部部長の50周年記念登山を成功させたいという強い熱意に負けて、2度目のキリマンジャロに向かうことになりました。

一緒に行くメンバーと勉強会を開催したり、訓練のための登山に出掛けたり、約一年間の準備期間の後、現役隊10名は最高点ウフルピーク(5895m)に全員登頂、OB隊6名はギルマンズポイント(5685m)に全員登頂しています。2度目のキリマンジャロピークは最初の登頂の時の数倍にも匹敵する嬉しさがありました。

やはり、みんなで協力し合って登るのは本当に楽しい。以下は、日本から同行した登山ガイドによる登頂後のコメントです。

『現場では想像以上の高度障害に多くの隊員の方が苦しめられました。その時に、メンバー全員でこの登山を成功させたいという強い気持ちを、皆様と共に頂上直下の急斜面を登っている時に感じました。こういった感覚は山岳ガイドを長年やっておりますが、しばらく忘れていた「仲間との充実したひと時」としてかつて味わった山登りの醍醐味だと改めて気付かされました』

私を2度目のキリマンジャロに導いてくれた山岳部部長は、キリマンジャロを目指す直前で病が発覚してキリマンジャロ登頂を断念、4年後には病に倒れて残念ながら帰らぬ人となりました。

 

2日目の宿泊地ホロンボハット(3720m)で見たもの

2度目のキリマンジャロ登頂の時に前回との違いで驚いたことの一つとして、2日目の宿泊地であるホロンボハット(3720m)には、何と太陽光発電パネルが設置されていたことです。

2007年時点ではまだ太陽光発電はそれほど普及していなかった時代なので、こんなキリマンジャロの登山道の途中に太陽光発電パネルが設置されていたのにはビックリしました。これもタンザニア政府やキリマンジャロ国立公園を管理している団体の高い環境意識のなせる業かもしれません。

キリマンジャロでは太陽光がほぼ真上から当たるため、パネルはほぼ水平に設置されていますが、登った時期は冬至に近いためやや南に傾けて設置されています(赤道直下の太陽の軌道については前回のコラム記事を参照)。

ホロンボハット(3720m)に設置された太陽光発電パネル(2007.12.31 大矢撮影)

 

乾燥化の結果、LAST WATER POINTの水が枯れていた

ホロンボハットから少し上に上がったところには、最後の水場LAST WATER POINT(標高4110m)があります。前回の1987年12月31日に来た時には、まだ水がコンコンと湧き出ていて、ポーターや登山者がこの最後の水場で水を汲んでいました。

しかし、その20年後にそこに来た時には水は全くなく、LAST WATER POINTの標識が残っているだけでした。ポーターに話を聞くと、ここの水は枯れてしまったので、もっと下で水を汲んでキボハット(標高4703m)まで担ぎ上げるのだそうです。

かつては水を汲む人たちで賑わっていたLAST WATER POINTも、今はひっそりとして寂れてしまっています。キリマンジャロの氷河縮小が原因と分かっていても、あまりの変わりように心が締め付けられる思いでした。

枯れていたLAST WATER POINT(4110m)の水場(2008.01.01 大矢撮影)

 

そしてキリマンジャロの山頂で見たもの。歳月を経て変わるものと変わらないもの

辿り着いた2度目のキリマンジャロ頂上付近の氷河が大きく縮小していたことに衝撃を覚えたことは連載3回目の「キリマンジャロの雪」についてのコラム記事でお伝えしましたが、20年の歳月を経ても変わらないものもありました。

それは、キリマンジャロのウフルピークに設置されているレリーフで、そこにはキリマンジャロがあるタンザニアの初代大統領ニエレレの言葉を刻んだレリーフが変わらぬ姿で残されていました。当時の私の手記から引用いたします。

頂上の片隅にちっぽけな四角い金属の箱があり、もしやと思ってフタを開けてみると、何とその中には二十年前と変わらぬタンザニア初代大統領ニエレレの言葉を刻んだレリーフが現れた。その言葉は、私が前回キリマンジャロに登る動機の一つとなった名言であり、ここに原文とその和訳を記す。

WE, THE PEOPLE OF TANGANYIKA, WOULD LIKE
TO LIGHT A CANDLE AND PUT IT ON TOP OF
MOUNT KILIMANJARO WHICH WOULD SHINE
BEYOND OUR BORDERS GIVING HOPE WHERE
THERE WAS DESPAIR, LOVE WHERE THERE WAS
HATE, AND DIGNITY WHERE BEFORE THERE
WAS ONLY HUMILIATION.

 

『私たちタンガニーカ人民は、キリマンジャロの頂に灯火をかかげよう。その光が、はるか国境を越えて、絶望の支配した地に希望を、憎悪のはびこった地に友愛を、そしてかつて恥辱だけが残された地に尊厳を、呼び起こすように』

長い歳月を経て、変わるものと変わらぬものがある。フタを開けなければ誰にもその存在を知れぬまま、文字通り二十年の風雪に耐えてこのレリーフが残っていたことは、私にとってこの上ない喜びであった。余談であるが、この時の私がジャケットの下に着ていた山シャツも学生時代にワンダーフォーゲル部に入部した時に買ったシロモノなので、これまた二十七年もの歳月に耐えて持ち主に装着されて、二度にわたりキリマンジャロに登っている。(もっとも肝心の持ち主の方は、かなりヨレてきているが・・・)

三度目があるかどうかは分からないが、もし許されるならば更に二十年後の2028年に、愛用の山シャツと共に、もう一度キリマンジャロに登って頂上の氷河とレリーフの行方を見届けてみたい。それが今の私の心からの願いである。

そして、もう一つ変わらないものがあります。それは、このような手記や写真などの当時の登山記録です。電子データとして残しておけば、このように30年以上前の記憶も鮮やかに蘇ります。

そして、ヤマケイオンラインさんのこのようなコラム記事や「みんなの登山記録」に残しておけば、多くの人にも読んでいただけます。皆様には、ぜひともご自身の登山記録をその都度残しておくことをお勧めいたします。

2度目のキリマンジャロ登頂の時にも残っていた頂上のレリーフ(1988.01.01 大矢撮影)


さて、次回からは山岳気象や過去の遭難事例についての解説に戻りたいと思います。このキリマンジャロの5回にわたるレポートの間にも、大矢@山岳防災気象予報士のTwitterで最新の気象情報をお伝えしていますので、こちらもご活用いただけますと幸いです。

 

プロフィール

大矢康裕

気象予報士No.6329、株式会社デンソーで山岳部、日本気象予報士会東海支部に所属し、山岳防災活動を実施している。
日本気象予報士会CPD認定第1号。1988年と2008年の二度にわたりキリマンジャロに登頂。キリマンジャロ頂上付近の氷河縮小を目の当たりにして、長期予報や気候変動にも関心を持つに至る。
2021年9月までの2年間、岐阜大学大学院工学研究科の研究生。その後も岐阜大学の吉野純教授と共同で、台風や山岳気象の研究も行っている。
2017年には日本気象予報士会の石井賞、2021年には木村賞を受賞。2022年6月と2023年7月にNHKラジオ第一の「石丸謙二郎の山カフェ」にゲスト出演。
著書に『山岳気象遭難の真実 過去と未来を繋いで遭難事故をなくす』(山と溪谷社)

 ⇒Twitter 大矢康裕@山岳防災気象予報士
 ⇒ペンギンおやじのお天気ブログ
 ⇒岐阜大学工学部自然エネルギー研究室

山岳気象遭難の真実~過去と未来を繋いで遭難事故をなくす~

登山と天気は切っても切れない関係だ。気象遭難を避けるためには、天気についてある程度の知識と理解は持ちたいもの。 ふだんから気象情報と山の天気について情報発信し続けている“山岳防災気象予報士”の大矢康裕氏が、山の天気のイロハをさまざまな角度から説明。 過去の遭難事故の貴重な教訓を掘り起こし、将来の気候変動によるリスクも踏まえて遭難事故を解説。

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