オオカミの切ない本音、「一匹狼」はじつは孤独を好んでいるわけじゃない

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『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』の著者であり、動物行動学者の松原始さんによる連載。鳥をはじめとする動物たちの見た目や行動から、彼らの真剣で切実で、ちょっと適当だったりもする生きざまを紹介します。第6回は、「一匹狼」の意味に迫るオオカミの話。

群れるも群れないも事情がいろいろあるのだ…

 

時と場合によって変わる「群れの論理」

 近頃は「おひとりさま」も市民権を得てきたような気がするが、やはり一人でいることへの批判的視線は根強い。私の知り合い(20代男子)は一人で富士急ハイランドに出かけ、一人で絶叫マシンに乗って一人で楽しんでくるというツワモノだが、これを聞いた時はさすがに「お前どんだけ心臓強いの」と言ってしまった。
 大概のことは気にしないつもりだったが、カップルだらけの中で一人遊園地をやる度胸はない。

「ぼっち飯」が排斥されるのも納得いかない。「一人で食べているのは、誰も友達がいないからなんだね! それは不幸なことだから、一緒に食べようよ!」と言われても……である。一人でゆっくり食いたい人を勝手に不幸せ扱いするのはいかがなものか。

「社交的でほがらかで、大きな声できちんと挨拶する人」がなんとなくイイ人扱いされるのは、おそらく、人間が社会性の動物だからである。事件の犯人について近所の人が「ちゃんと挨拶するいい子だったのに」などと判で押したように語るのを見ていると、「ちゃんと挨拶するいい子」はむしろヤバいんじゃないかと思うこともあるが、まあ、普通は挨拶もしない相手よりは、にこやかに「おはようございます!」と言ってくれるほうを信用するだろう。

 挨拶するならこちらに敵意を持っていなさそう・コミュニケーションを取る気がありそう・社会的な規範を守ろうとしているように見えるなど、同じコミュニティに暮らす相手としてそれなりに信頼できるからだ。

 集団性の動物は少なくない。ただ、その全てが、人間のような集団だとは限らないし、集まっている理由も様々である。そして、群れることは動物の様々な生き方の一つに過ぎず、当然、群れないという生き方もある。

 群れる動物は小さいものが多い。とはいえ、小さくても単独生活をするものはあるし、大きくてもクジラやゾウは集団を作る。群れを作る理由はそれなりに複雑だ。

 成長過程に応じて、あるいは季節的に集団を作るものもある。例えば、日本で繁殖するハシブトガラス、ハシボソガラスは若いうちは群れを作るが、成長するとペア単位で生活する。しかし、夜だけは集団ねぐらに参加することもある。特に繁殖期が終わった秋冬は、参加する個体が増えるようだ。

 つまり、彼らは生涯のどの段階の、どの季節の、どの時間帯かによって、群れるかどうかが変わるわけだ。同じカラス属でもミヤマガラスやイエガラスは繁殖する時も集団になるから、近縁種の間でも事情は違う。

一匹で行動するオオカミの本音

「一匹狼」なんていう言葉があるが、オオカミは群れる。彼らはパックと呼ばれる集団を作って暮らすのが基本だ。「一匹狼」とわざわざ「一匹」をつけるのは、「オオカミなのに群れずに1匹でいる」という意味である。群れを離れて移籍先を探している若い個体などを指す言葉だ。

 オオカミはアルファオス(最優位なオス)を中心として集団を作るが、その個体数はあまり多くはない。3頭から、せいぜい10頭くらいである(一応、42頭という記録はあるらしいが)。群れは親子や兄弟姉妹など血縁者からなることが多いが、しばしば、よそから移籍してきた非血縁者(つまり、もと一匹狼だ)も入っている時がある。

 繁殖はアルファオスとその連れ合いのアルファメスが行うが、他の個体も子育てを手伝う。オオカミはかつて悪魔のごとく嫌われたが、1970年代からは「我が子でなくても子どもを育てる」として、一転、「大いなる自然の象徴」扱いされたこともある。だがこれは、基本的には血縁ゆえのことである。血縁者の子育てを手伝うのはヘルパーといい、動物界では決して珍しいことではない。

 彼らは繁殖ペアを中心として、主にその血縁者からなる家族集団を生活の基本としている。細かく見てゆくと群れの中で下克上があったり、アルファが衰えて交代するなど、なかなかドラマティックではあるようだが。

 一方、群れない動物もいる。オランウータンやトラは群れない。ヘビも普通は群れることはない。ハタ、ウツボといった魚も、普通は群れない。鳥類ではフクロウやモズは群れないほうだ。だが、肉食だから群れないというわけではない。バラクーダ、カツオ、マグロといった肉食魚は群れるし、イルカ、シャチも群れる。
 そこには群れる理由もあれば、群れたくない・群れられない理由もあるのだ。

(本記事は『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』からの抜粋です)

 

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『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』
著者:松原 始
発売日:2020年6月13日
価格:本体価格1500円(税別)
仕様:四六判288ページ
ISBNコード:9784635062947
詳細URL:https://www.yamakei.co.jp/products/2819062940.html

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【著者略歴】
松原 始(まつばら・はじめ )
1969年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館 ・ 特任准教授。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』『カラス屋の双眼鏡』『鳥マニアックス』『カラスは飼えるか』など。「カラスは追い払われ、カモメは餌をもらえる」ことに理不尽を感じながら、カラスを観察したり博物館で仕事をしたりしている。

プロフィール

松原始

1969年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館 ・ 特任准教授。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』『カラス屋の双眼鏡』『鳥マニアックス』『カラスは飼えるか』など。「カラスは追い払われ、カモメは餌をもらえる」ことに理不尽を感じながら、カラスを観察したり博物館で仕事をしたりしている。

カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?

動物行動学者の松原始さんによる連載。鳥をはじめとする動物たちの見た目や行動から、彼らの真剣で切実で、ちょっと適当だったりもする生きざまを紹介します。発売中の『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』(山と溪谷社)の抜粋と書き下ろしによる連載です。

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