カワイイほうが得をする? カモメとカラスの不都合な真実

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わたしたちは動物のことをぜんぜん知らない! かわいい、怖い、賢い、頭が悪い、汚い、ずるい――人間が動物たちに抱いているイメージは果たして本当か? カラスの研究者である松原始氏が動物行動学の視点から、動物たちにつきまとう「誤解」をときあかす『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』(ヤマケイ文庫)が発刊された。本書から、一部を抜粋して紹介します。

 

見た目が与える影響力

スナメリという動物がいる。小型のクジラで、せいぜい2メートルくらいにしかならない。ハクジラ類(つまりイルカの親戚)だが、鼻先は丸く、シロイルカのような姿だ。日本でも瀬戸内海や伊勢湾など、内湾や近海に分布している。それが減少している、と聞いたら、ちょっと胸が痛まないだろうか。

では、オーストラリアのクイーンズランド州にいた、全長5センチほどの、鮫肌でざらっとした感じのカエルが絶滅したと聞いたら? スナメリほど気になるだろうか?

これについて、2012年にこのような論文が発表された。

「保全の対象となっている動物は多くが大型でかわいい、あるいは目立つ動物である。目立たない動物は少なく、植物に至っては滅多に取り上げられない」(Earnest Small, 2012, The new Noah's Ark: beautiful and useful species only. Part 2. The chosen species. Biodiversity:13-1)

これは人間の感性のゆがみをつく、なかなか重要な指摘だ。

科学的に言えば、動物の見た目と保全の重要性には何の関係もない。この地球上から、ある生物種が失われることは全て損失であると考えれば、どんな生物であれ等しく保全の対象となって然るべきである。だが、実際はそうなっていないということだ。

なんだか「カワイイ子は得をする」みたいな話であるが、確かに、人間はどうやったって、見た目のいい生き物を贔屓(ひいき)する。まして「見てもわからない」レベルの小さな動物は、路傍の小石のように黙殺される。

 

カラスの悪印象

実際、カラスについても多分に印象の問題はあるのだ。

東京都がカラスを問題にし始めたのは1990年代末からだ。この頃から2000年代初頭までの数年、せいぜい10年が、カラスが最も「ホットな話題」だった時代である。これは野鳥研究家の松田道生が著作の中でデータと共に述べており、マスコミに取り上げられた頻度が如実に変化していることがわかる。2005年あたりからカラスの話題は激減するのだ。

一方、カラスに関する苦情件数も、報道の件数とほぼ同じカーブを描いている。面白いことに、苦情の増減はカラスの数よりも報道の件数と一致するように見える。

これこそが、印象の問題というやつである。当時のマスコミがカラスを取り上げる際は、「狂暴化したカラスが人を襲う!」といった派手な見出しをつけていることが多かった。

鳥の関係者でさえ「都会で肉の味を覚えて猛禽(もうきん)化した」などと言っていた人もいたくらいだから仕方ないといえば仕方ないが(昔から動物の死骸を食べて肉の味は知っているし、都会であろうがなかろうがカラスは小動物を捕食することもある)、こういった時代に「カラスは怖い」「カラスは人を襲う」というイメージが焼き付けられたのだろう。

それまでは「ゴミを荒らす」「農作物を荒らす」という印象はあっても、人間に何かする鳥とは考えられていなかった。

ところが、カラスの報道はやがて旬を過ぎた。カラスが減った以上に苦情件数が急減しているのは、おそらく、人々の脳裏から「カラスは被害がある!」という意識が薄れたからである。

確かにカラスによるゴミ荒らしや糞、人間への威嚇、時には攻撃といった被害はあるので、これを風評被害と呼ぶことはできない。だが、カラスの「怖さ」はかなり誇張されたものだったように思うのだ。

そして、そこには「真っ黒でなに考えてるかわからなくて、嘴がデカくてギラギラして怖そう」という、カラスのビジュアル的な問題も大きく関わっていたと思う。なぜなら、ほぼ同じことをやっていてもカモメに対して人々は優しいからである。

 

「カモメの水兵さん」効果

もちろん、日本の多くの都市では街中にカモメがおらず、被害も起こりようがない、というのは事実だ。だが、公園でカラスが寄ってきたら嫌がる人も、水辺のユリカモメはかわいがる。あの数のカラスが群れていたら、大概の人は避けて通るだろう。ユリカモメにパンを投げてやるおじさんは、カラスがおこぼれを拾いに来ると追い払う。

なぜだ!

ユリカモメに限らず、カモメ類はゴミ漁りの常習犯である。東京湾の夢の島にゴミを埋め立てていた頃、島は「だいたい白、ところどころ黒」だったそうである。

白いのはカモメが群がっているからで、黒いのはカラスだ。鳴き声もギャアギャアとうるさい。営巣地に近づくと集団で威嚇され、糞を落とされ(しかも魚食性のカモメ類の糞はカラスより臭い)、蹴り飛ばされる。そして、カモメは他の鳥の卵や雛を襲うことも多い。ウミスズメのような小型の海鳥の最大の敵は、カラスとカモメなのだ。

つまり、やっていることはカラスとほぼ変わらないのに、白いだけで「カモメの水兵さん」などとのどかに歌ってもらえる。それがビジュアルの効果なのである。

 

カワイイに騙されるな!

人間はどうしても、見た目でカワイイか、カワイくないかを判断する。それは仕方ない。だが、見た目のかわいさと、生物としての生活とは全然別のことだ。

だが、悲観的な話ばかりではない。大学で教えているクラスで「カラスについてどう思いますか」というアンケートを取ると、思ったよりも「賢い」「かわいい」「かっこいい」が多いのだ。まあ、多いといっても1割ほどだが。しかし、それだけの割合でも、カラスに悪印象を持っていない人がいるのは事実だ。

さらに、中学生や小学生を相手にした時は、時には半分近くが「カラスはかっこいい」「嫌いじゃない」と答えた。いや、もちろんそこには中二病的な、「人に嫌われることが多いが、実はハイスペックな黒づくめの孤高の存在」という印象が逆に投影されていたりするかもしれないが、報道の過熱も収まり、ゴミ出し時のカラス対策も広まってきた今、カラスの印象は一時期より改善しているのかもしれない。

よし、今がチャンスだ。あとは、大人や社会に変な常識を刷り込まれて、カラス好きが減らないことを祈るばかり。君たち、パッと見の「カワイイ」に騙されるような大人には、なってはいけないよ。

 

※本記事はヤマケイ文庫『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』(山と溪谷社)を一部掲載したものです。

 

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【著者略歴】

松原 始(まつばら・はじめ)

1969年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館・特任准教授。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』『カラス屋の双眼鏡』『鳥マニアックス』『カラスは飼えるか』など。「カラスは追い払われ、カモメは餌をもらえる」ことに理不尽を感じながら、カラスを観察したり博物館で仕事をしたりしている。

 

note「ヤマケイの本」

山と溪谷社の一般書編集者が、新刊・既刊の紹介と共に、著者インタビューや本に入りきらなかったコンテンツ、スピンオフ企画など、本にまつわる楽しいあれこれをお届けします。

 

カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?

動物行動学者の松原始さんによる連載。鳥をはじめとする動物たちの見た目や行動から、彼らの真剣で切実で、ちょっと適当だったりもする生きざまを紹介します。発売中の『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』(山と溪谷社)の抜粋と書き下ろしによる連載です。

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