昼は働き詰めで夜は死んだように寝る…ハチドリのとてつもない生きざま

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わたしたちは動物のことをぜんぜん知らない! かわいい、怖い、賢い、頭が悪い、汚い、ずるい――人間が動物たちに抱いているイメージは果たして本当か? カラスの研究者である松原始氏が動物行動学の視点から、動物たちにつきまとう「誤解」をときあかす『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』(ヤマケイ文庫)が発刊された。本書から、一部を抜粋して紹介します。

 

昼は地獄の忙しさ

1日じゅう餌を食っていても足りないという動物がいる。ハチドリだ。

ハチドリは極めて小さな鳥で、体重は10グラムもないのが普通。最も小さなマメハチドリの体重は3グラムほどである。1円玉1枚がちょうど1グラムだが、1円玉3枚といったら、ほぼ重さを感じないレベルだ。もう少し大きなノドアカハチドリなんかでも、5グラム程度である。

一方、彼らはエネルギー消費が極めて大きい。その理由は、体が極端に小さいことと密接に関係している。

体の大きな動物は、体積に対する相対的な表面積が小さい。体積は体長の三乗に比例して増えるが、面積は二乗にしかならないからだ。体長を2倍にすると、体積は8倍になるのに面積は4倍にしかならない。

つまり、熱を逃がすのに必要な表面積が、熱量ほどには増えない、ということである。

風呂の湯がなかなか冷めないのと同じ理屈で、大きな動物は熱が逃げにくい。そのため、同種、あるいは同属でも寒冷地にいる個体は体が大きくなる傾向がある。

逆にいえば、ハチドリのような極小の動物はジャンジャン熱が逃げる、ということだ。逃げてゆく熱を補うために食物をどんどん消化し、熱に変えなければならない。

となると、なるべく消化のいい餌を、ひっきりなしに食べる必要がある。

 

自転車操業のはじまり

そこでハチドリは、花蜜を食べることにした。とはいえ、軽いといっても昆虫に比べれば重い体で花に止まるのは難しい。そこで、花に止まらずにホバリングしたまま空中に停止し、嘴だけを差し込んで吸蜜する、という道を選んだ。

これは悪くない方法なのだが、一つ問題がある。餌を食べている間さえ、毎秒数十回というものすごい速度で羽ばたかなくてはいけない。

といって、熱の放散を抑えるために体を大きくすると、今度は大きな体を支えるために大量の餌が必要になり(効率はよくなるが、絶対量としては増えてしまう)、しかも嘴を突っ込めるほど大きな花が少なくなり、かつホバリングのためのエネルギーも大きくなる。といって、エネルギー消費を減らすためにホバリングをやめたら餌が採れない。

体熱を補うために食べ続け、食べ続けるために羽ばたき続け、羽ばたき分の栄養も補給するためにもっと食べなくてはならず……自転車操業の見本みたいな生き方である。いや、実態はもっとひどい。ハチドリは仮に1日じゅう食べ続けていても、気温や餌条件によっては餌が足りないと考えられている。

 

冬眠という奥の手

ここで、ハチドリは裏技を使った。夜間、休眠する間は体温をうんと下げ、代謝率を低く抑えて、消費エネルギーを削減したのである。つまり、彼らは鳥のくせに、毎晩冬眠しているのだ。

北米のプアーウィルヨタカという鳥は、温度や餌条件が悪化すると休眠(夏眠)することが知られている。南極で繁殖するコウテイペンギンも、立ちっぱなしで卵を温めている間は代謝を下げ、数カ月におよぶ絶食に耐える(抱卵期間は2カ月ほどだが、繁殖地へ移動を始めたら絶食なので、それを含めるともっと長い)。だから、代謝を下げて省エネする鳥がいないわけではない。

だが、毎日のようにこまめに休眠して省エネに努めるという、綱渡りのような方法で収支を合わせているのは、ハチドリくらいしか思い当たらない。彼らは地獄のように忙しい日中と、完全休止状態の夜という、両極端な世界を生きているわけだ。

 

※本記事はヤマケイ文庫『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』(山と溪谷社)を一部掲載したものです。

 

ヤマケイ文庫『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』

各メディア絶賛!動物行動学者が綴る爆笑科学エッセイ。


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【著者略歴】

松原 始(まつばら・はじめ)

1969年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館・特任准教授。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』『カラス屋の双眼鏡』『鳥マニアックス』『カラスは飼えるか』など。「カラスは追い払われ、カモメは餌をもらえる」ことに理不尽を感じながら、カラスを観察したり博物館で仕事をしたりしている。

 

note「ヤマケイの本」

山と溪谷社の一般書編集者が、新刊・既刊の紹介と共に、著者インタビューや本に入りきらなかったコンテンツ、スピンオフ企画など、本にまつわる楽しいあれこれをお届けします。

 

カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?

動物行動学者の松原始さんによる連載。鳥をはじめとする動物たちの見た目や行動から、彼らの真剣で切実で、ちょっと適当だったりもする生きざまを紹介します。発売中の『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』(山と溪谷社)の抜粋と書き下ろしによる連載です。

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