動物の集団にはリーダーが意外と必要ないワケ

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わたしたちは動物のことをぜんぜん知らない! かわいい、怖い、賢い、頭が悪い、汚い、ずるい――人間が動物たちに抱いているイメージは果たして本当か? カラスの研究者である松原始氏が動物行動学の視点から、動物たちにつきまとう「誤解」をときあかす『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』(ヤマケイ文庫)が発刊された。本書から、一部を抜粋して紹介します。

 

人間は組織論やリーダー論がむやみに好きだ。電車の中で広告を見ていると、そういう啓発本がやたらと目につく。ちなみに組織論はどうか知らないが、金もうけの早道については、そういう啓発本をやすやすと買わされたりしないのが一番だと思う。

さて、人間の集団には社会的なリーダーがいることが多い。だが、動物の場合、そういった「リーダー」や「命令系統」が存在するとは考えにくい場合がしばしばある。

かつて、ニホンザルはボスザルを中心とした社会システムがあると考えられたことがあった。だが、これは1960年代あたりの想定で、現在は野生状態のニホンザルにそのまま当てはめられるモデルではないことがわかっている。

だが、一般にはまだまだ「ボスザルは群れに君臨してメスと子どもを守っている」「ワカモノはボスの命令によって集団を守る」といった説が信じられているかもしれない。

もちろん、そういう状況が生じることもないわけではない。初期のニホンザルの研究は餌付け群を対象に行われたから、餌が極度に集中していたのである。そういう場所では、優位個体がやすやすと餌を独占できる。

その結果、優位個体を中心に、周囲を他のサルが取り巻くような構造ができる。メスや子どもはまだしも近くにいられるが、劣位のオスは「餌待ち」の列のはるか後ろだ。その結果、中心にボスザル、それからメスと子ども、中堅クラスのオスザル、周辺部に若いオスという形が生まれる。

だが、野外ではこんな独占は不可能だ。餌はそこら中に分散しているから、「この木に実っている果実はオレのものだ!」と頑張ったところで、隣の木に登られたらおしまいである。こういう状況では優位なサルの利点は極めて小さくなることが、その後の野生ニホンザルの研究でわかってきた。

餌の獲得量も大して変わらないし、アルファオス(いわゆる「ボス」)だからってたくさん子孫が残るというわけでもない。アルファオスの利点は、あったとしても小さいのだ。

この辺りは人間の側の事情もあるだろう。動物の社会に法則性やシステムを見つけ出すのがはやった時代ということもあるだろうし、無意識のうちに会社組織や軍隊のような、「中央に指令を出す大人のオスがいて女・子どもを守り、当然、重要な役職に応じた報酬を得ている。若い間は下積みとして集団に奉仕する」という構図を思い描いてしまった、ということもあるかもしれない。

 

カラスは本当に「烏合の衆」だった

カラスの集団になると、さらに烏合(うごう)の衆である。日本で繁殖するハシブトガラス、ハシボソガラスの集団には明確な順位はあるが、その順位は「俺より先に餌を食うな」というだけのことだ。優位個体が口いっぱいに餌を詰め込み、どこかに隠しに行っている間に、他の個体も餌を食べることができる。

もちろん優位個体は戻ってき次第「お前どけ」と言えるから有利ではあるのだが、決して「お前は見張りをしていろ、お前はそっちだ」と命令できるわけではない。集団内のカラスはそれぞれが「餌食べたい」と思っているだけだ。

後ろで見張っているように見えるのは、「食べたいけど今行ったら優位個体にいじめられる」と思って順番待ちをしている個体か、さもなければ「あの餌が欲しいがどうも不安だ、誰かが降りて安全だとわかるまで待っていよう」という慎重な(そして待っていられるくらい栄養状態のいい)個体である。

その証拠に、朝一番にゴミに飛来するカラスを見ていると、先陣を切って採餌する個体が食べていられる時間は決して長くない。すぐに他の個体が降りて来て、採餌場所を分捕られてしまうからである。

つまり、最初に降りて来るのは「地上に降りるのは不安だが、あまりに空腹で待っていられない」という個体で、つまりは慢性的に空腹な劣位個体なのだと推測している。この1羽、あるいは数羽が安全に食べているのを見定めてから、ほかのカラスが降りてくる。

これは結果としては、劣位個体が斥候(せっこう・偵察役)を務めたことになる。だが、彼らにそういう命令系統という意識はないだろう。リーダーを作って統制しなければダメだと考える人間のほうが、動物の中では、たぶんレアケースである。

 

※本記事はヤマケイ文庫『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』(山と溪谷社)を一部掲載したものです。

 

ヤマケイ文庫『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』

各メディア絶賛!動物行動学者が綴る爆笑科学エッセイ。


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【著者略歴】

松原 始(まつばら・はじめ)

1969年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館・特任准教授。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』『カラス屋の双眼鏡』『鳥マニアックス』『カラスは飼えるか』など。「カラスは追い払われ、カモメは餌をもらえる」ことに理不尽を感じながら、カラスを観察したり博物館で仕事をしたりしている。

 

note「ヤマケイの本」

山と溪谷社の一般書編集者が、新刊・既刊の紹介と共に、著者インタビューや本に入りきらなかったコンテンツ、スピンオフ企画など、本にまつわる楽しいあれこれをお届けします。

 

カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?

動物行動学者の松原始さんによる連載。鳥をはじめとする動物たちの見た目や行動から、彼らの真剣で切実で、ちょっと適当だったりもする生きざまを紹介します。発売中の『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』(山と溪谷社)の抜粋と書き下ろしによる連載です。

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