子育てを丸投げするカッコウの深すぎる生き方
わたしたちは動物のことをぜんぜん知らない! かわいい、怖い、賢い、頭が悪い、汚い、ずるい――人間が動物たちに抱いているイメージは果たして本当か? カラスの研究者である松原始氏が動物行動学の視点から、動物たちにつきまとう「誤解」をときあかす『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』(ヤマケイ文庫)が発刊された。本書から、一部を抜粋して紹介します。
自分で巣を作らず、卵も抱かない
カッコウは普段は森林にいるが、托卵(たくらん)する時は草原にやって来る。そして、オオヨシキリなど、托卵相手(宿主)を探して飛ぶ。カッコウのメスは周到に宿主を観察しているらしく、ちゃんと宿主が産卵し始めた頃にやってきて、宿主のいない隙を見計らい、産んである卵を1個抜き取ると、代わりに自分の卵を産み込んでゆく。
カッコウは総排せつ口(鳥は糞も尿も卵も出口が同じで、総排せつ口と呼んでいる)が伸びるようになっており、巣の縁に止まった状態で巣の中にちゃんと卵を産み落とせる。というのも、カッコウはハトくらいの大きさがある鳥で、宿主であるオオヨシキリはヒヨドリよりも小さく、全長はカッコウの7割ほどしかないのだ。カッコウがオオヨシキリの巣に座り込むのは難しい。
さて、カッコウの托卵が極めてアーティスティックというか、信じられないほど技巧派なのは、ここからである。
まず、カッコウの卵は体の割に小さい。これは宿主に合わせた結果でもあるし、子育てを丸投げした結果、できるだけ数多くの卵を産みまくるためでもある。そして、卵の色模様は宿主の卵に似せてある。托卵だとバレたら卵を捨てられるか、巣ごと放棄されるから、宿主の卵になりすますのは重要だ。
カッコウの卵は宿主の卵よりほんの少し早く孵化するが、生まれた雛が真っ先にやるのは、後ろ向きに巣の中をヨチヨチと一周し、背中に触るものを全部外に放り出すことである。これは多くの鳥の雛が持っている、糞や卵殻を排除して衛生状態を保つ行動が元になっているようなのだが、カッコウの雛ではこの行動が徹底している。結果として、自分以外の、孵化寸前だった宿主の卵を放り出して皆殺しにし、巣を独り占めする。
それから、本来4、5羽の雛を育て上げられるだけの給餌努力を一身に受けて、親よりも大きく成長する。ところが親鳥は「自分の巣にいる」「黄色い口を開けて餌をねだる」という二つの刺激に操られて、餌を与え続ける。そして巣立ったカッコウはやがて飛び去ってしまうわけだ。
托卵するカッコウはずるいのか?
これは卑怯といえば極めて卑怯な繁殖方法ではある。だが、同時に、寄生虫の生活史を見ているような危うさも感じる。宿主がどこかの段階で托卵に気づいたら、即座に命を絶たれる危険があるからだ。
カッコウ科の鳥をはじめ、托卵鳥の卵は宿主によく似たものが多い。宿主の方も托卵を見抜こうとするので、宿主の卵と全く違っていたらすぐバレてしまうからだ。最初は漠然と似ている程度でも十分だったかもしれない。だが、その状況では識別能力の高い、いわば「見る目を持った」宿主だけが托卵を排除でき、ということはそういう鳥の子どもたちばかりが残るので、識別能力が進化する。
同時に、識別を助ける、特徴的な模様のある卵も進化したはずだ。だが、カッコウもこれに追従しなければ絶滅の危険があるので、宿主の卵に似た卵を産むように進化する。かくして卵擬態と識別能力の軍拡競争が繰り広げられる。
また、親鳥はカッコウの姿を覚え、激しく追い出すようになる。この競争の果てに、ついにカッコウは禁断の技を使う。宿主をヒョイと変えてしまったのである。
例えば、カッコウは長年、オオヨシキリという鳥に托卵してきた。だが、オオヨシキリが用心深くなり、さらにオオヨシキリの生息に適したヨシ原が少なくなってしまった。そうするとカッコウは非常に繁殖しづらくなる。そこで、少し前から長野県あたりでオナガに托卵するようになった、という報告が出始めた。
今や埼玉県の郊外、狭山丘陵に近いとはいえまるっきりの住宅街で、カッコウが鳴いていると聞いた。オナガがいるからである。オナガは最近になって托卵されるようになったばかりだから、まだ対抗策を十分に進化させていない。しばらくはカッコウが勝てるわけである。
カッコウは確かに、自分で子育てを行わない。だが、それ以外の全て、子育てをしないためのお膳立てと努力を徹底して行っている。試験でカンニングするために工夫を凝らすくらいなら、その時間で勉強したほうがマシだという笑い話があるが、それと同じようなものだ。
そして、子育てをしないぶん、メスは産卵に専念し、1シーズンに多数の卵を産む。小鳥の卵や雛は捕食されやすいが、カッコウにはそれをどうすることもできない。宿主がちゃんと守ってくれることを祈るだけだ。さらに、卵が偽物だとバレたら巣ごと捨てられる恐れだってある。我が子を託した仮親自体もまた、敵なのである。
そうやって育った雛は、生みの親と出合うことはない。親から学ぶこともない。ただ遺伝子に刻まれたままに南に渡り、次の初夏にはまた日本に渡って来て「カッコー」と鳴く。あるいは托卵相手を探して飛び回る。
その冷徹で精緻な生きざまを、ずるいの一言で片付けるわけにはいかないだろうと思う。
※本記事はヤマケイ文庫『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』(山と溪谷社)を一部掲載したものです。
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【著者略歴】
松原 始(まつばら・はじめ)
1969年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館・特任准教授。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』『カラス屋の双眼鏡』『鳥マニアックス』『カラスは飼えるか』など。「カラスは追い払われ、カモメは餌をもらえる」ことに理不尽を感じながら、カラスを観察したり博物館で仕事をしたりしている。
カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?
動物行動学者の松原始さんによる連載。鳥をはじめとする動物たちの見た目や行動から、彼らの真剣で切実で、ちょっと適当だったりもする生きざまを紹介します。発売中の『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』(山と溪谷社)の抜粋と書き下ろしによる連載です。