夏の日、あなたの体にヒラヒラと寄ってくるチョウの真のねらい

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『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』の著者であり、動物行動学者の松原始さんによる連載。鳥をはじめとする動物たちの見た目や行動から、彼らの真剣で切実で、ちょっと適当だったりもする生きざまを紹介します。第7回は、可憐な蝶の好みについて。

蝶が人に惹かれる理由とは…

 

実は不潔とも言えないゴキブリ

「衛生害虫」という言葉がある。文字通り、衛生的に問題のある、つまり病原体を媒介する害虫のことだ。

 ダニや蚊は刺されてかゆいだけでなく、細菌やウイルスを運ぶことがある。マダニによる重症熱性血小板減少症候群というのがあるし、蚊は日本脳炎、マラリア、デング熱、ジカ熱など多くの病気を運ぶ。全世界で最もたくさんの人を(間接的にだが)殺している動物は、蚊だと言われているくらいだ。害「虫」ではないが、ネズミもペスト、ハンタウイルスなど多くの病原体を媒介する。

 で、台所には必ずと言っていいほど、ゴミの上を歩き回り、しかもその後で食品の上もウロつくやつがいる。Gのつくアレ……ゴキブリだ。
 ところが、ゴキブリが媒介する病気というのは、考えてみたら思い当たらないのである。もちろん、なんらかの理由でゴキブリに付着した病原体が運ばれることはあるのだが、ゴキブリを宿主として移動するタイプの病気はない。

 しかも、最近の研究によるとゴキブリは非常に強力な抗体を持ち、いわば抗菌仕様のボディである。まあ、居場所が排水溝だったりトイレだったりゴミ箱の中だったり、決して清潔な場所ではないし、体表面に付着する病原体まで皆殺しにするようなものではないが、漠然と思われていたよりはずっと少ないのだ。

 もちろんゴキブリの体表についている菌はあるわけだが、それを言い出すと他人と握手なんか、絶対にできない。人間の手はあらゆるものに接触しており、医学的に言えば決して清潔なものではない。我々は日々、雑菌とお付き合いしているのだ。除菌関係のCMで「ほら、こんなところに雑菌が!!」などとあおり文句が入ることはよくあるが、いやいやいや。あなたの手だの顔だの消化器官内だのに、ものすごい数の菌いるから。

実は清潔とも言えないチョウ

 実のところ、きれいと汚いの境目は非常にあいまいだ。

 納豆と腐った豆の線引きが微妙なのと同じである。腐敗と発酵はどちらも細菌による作用だが、その境目は、人間に有害か、有用かというただ一点である。その点で言えば、納豆は発酵食品であって腐敗はしていない。日本人は納豆に慣れているから、納豆を腐った豆と間違うこともない。

 だが、納豆を知らなければ、「これは腐っている」にカテゴライズされても仕方ないのだ。
 日本人だってカピ(タイの、小エビの塩漬けを発酵させたペースト)を突きつけられたら逃げたくなる人は少なくあるまい。特に、海釣りをやる人はあの臭いになじみがある――炎天下に放置されて腐りかけたオキアミの臭いだ。いや、日本の食品でも、くさや、鮒鮨あたりは好き嫌いのはっきり別れる(ありていに言えば、嫌う人の多い)臭いだ。

 要するに、タンパク質が分解した匂いは、「おいしいアミノ酸がたっぷりですよ」に転ぶか、「腐って有害物質が発生していますよ」に転ぶか、微妙なところなのである。

 この辺をよく知っているのがチョウだ。夏の林道を歩いていると、ヒカゲチョウやタテハチョウの仲間が寄ってきて、体に止まることがある。木陰でチョウと戯れるひとときは楽しいものではあるのだが、彼らは別にあなたを歓迎しているというわけではない。いやまあ、歓迎してはいるのだろうが、その理由は「おいしそう」だからである。

 チョウの餌は花蜜だが、ミネラルも必要だし、種類によってはアミノ酸の豊富な餌も利用する。動物の尿や糞、そして死骸だ。花蜜を吸うのと同じく、吻(ふん)を伸ばして、表面から栄養を摂取している。
 このような糞食性、屍食性のチョウは何種もいて、彼らはタンパク質が分解して発する臭いにも寄ってくる。その成分の中には乳酸などの老廃物も含まれるので、真夏の、汗だくになった人間の体はチョウにとって「おいしそう」なのである。

 ということで、肩先に止まったツマグロヒョウモンなんぞは「んー、なめてみたら味はイマイチだな」などと思いながら、Tシャツをチューチューしているのであろう(ただし、蜜食性のチョウはシャンプーや芳香剤のフローラル系の香りにも寄ってくるので、チョウにたかられても汗臭いとは限らない。念のため)。

(本記事は『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』からの抜粋です)

 

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『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』
著者:松原 始
発売日:2020年6月13日
価格:本体価格1500円(税別)
仕様:四六判288ページ
ISBNコード:9784635062947
詳細URL:https://www.yamakei.co.jp/products/2819062940.html

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【著者略歴】
松原 始(まつばら・はじめ )
1969年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館 ・ 特任准教授。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』『カラス屋の双眼鏡』『鳥マニアックス』『カラスは飼えるか』など。「カラスは追い払われ、カモメは餌をもらえる」ことに理不尽を感じながら、カラスを観察したり博物館で仕事をしたりしている。

プロフィール

松原始

1969年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館 ・ 特任准教授。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』『カラス屋の双眼鏡』『鳥マニアックス』『カラスは飼えるか』など。「カラスは追い払われ、カモメは餌をもらえる」ことに理不尽を感じながら、カラスを観察したり博物館で仕事をしたりしている。

カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?

動物行動学者の松原始さんによる連載。鳥をはじめとする動物たちの見た目や行動から、彼らの真剣で切実で、ちょっと適当だったりもする生きざまを紹介します。発売中の『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』(山と溪谷社)の抜粋と書き下ろしによる連載です。

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