「野生の象徴」猛禽は、意外とあなたのすぐそばにいる―― ツミとチョウゲンボウの事情

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『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』の著者であり、動物行動学者の松原始さんによる連載。鳥をはじめとする動物たちの見た目や行動から、彼らの真剣で切実で、ちょっと適当だったりもする生きざまを紹介します。第9回は、市街地で暮らす猛禽類についての書き下ろしです。先日、東京都調布駅前に姿を見せて話題になったチョウゲンボウも登場。 

 

カラスも逃げ出す、小さくてもさすがの強さ

「キッキッキッキッ!」

スーパーで買い物して出てきたら、目の前の公園から鋭い鳥の声が聞こえた。
モズ? いや、モズはもうちょっと、疎林や草原的なところが好きなはずだ。ムクドリも鋭い声を立てることがあるが、ちょっと違う。オナガがよくいる公園だが、オナガの声でもない。

立ち止まって見ていると、中型の鳥が素早く飛び、クスノキに止まったのが見えた。ハトくらいの大きさだが、丸い頭とハトよりずっと長い尾、暗褐色の体、白い腹、胸から腹に細かいさざ波模様…… 

タカだ! この大きさと色はツミのメスだ。

 

凛々しいツミ(若オス)。あなたの家の近所にもいるかもしれない…

 

ツミはハイタカ属の小型のタカだ。オオタカ、ハイタカ、ツミは日本のハイタカ属三兄弟で、どれもよく似ている。ツミはいわば末っ子で一番小さい。メスでもハトくらい、オスならハトより小さく、「ヒヨドリよりは大きいかな」程度で、ほとんど小鳥サイズである。

観察していると、ツミは2羽になった。1羽は若いオスだ。2羽は空中でもつれ合うように接近すると、急降下して枝に止まった。喧嘩のようでもあるが、逃げていかないところを見ると、求愛行動だろう。猛禽の求愛は激しく、しばしば空中戦と区別がつかない。

知り合いに聞いたら、ツミのオスは若いうちから繁殖する例があるという。となると、これはおそらくペア、本当に営巣しているに違いない。

ツミは猛禽だが、人里離れた場所にばかりいるわけではない。特に関東では都市公園でも繁殖することで知られている。最近は一時期よりかなり減ったようだが、それでも、いるのだ。東京23区内、地下鉄の駅から歩いてすぐの住宅街、スーパーの目の前の、おそらくはマンションのすぐ横の立木の中に。

ツミが営巣していると、そのすぐ近くにオナガが営巣する例がある。どうやらツミをガードマン代わりにして、カラスによる捕食を避けているようだ。ツミは小さいとはいえ猛禽、いわば戦闘機だから、本気で攻撃されればカラスも逃げ出すしかない。

また、ツミの巣にスズメが営巣した例も知られている。もちろん、仲良く並んで卵を産んでいたわけではない。ツミが巣を作るために分厚く積み上げた枝の隙間をちゃっかり借用して、スズメはスズメで巣を作ってしまった例だ。ツミはスズメくらいの小鳥なら食べてしまうから、ガードマン代わりにするにしても大胆な方法である(ただし巣の間近では狩りをしないという話もあるので、意外と安全なのかも)。

そして、そのツミは人間をさして気にせず、子連れの買い物客が往き交い、ランナーが何人も走っている公園で繁殖するのだ。

 

じつは市街地に多い、絶好の営巣場所

市街地でも見かける猛禽といえば、他にチョウゲンボウがいる。
こちらはタカではなくハヤブサの仲間、ということはインコ・オウムに近縁だ。ハヤブサより小さくハトほどだが、鋭く尖った翼と長い尾がシャープな印象を与える。飛び方もパタパタパタッと羽ばたいては滑空し、かと思うとパタパタと羽ばたきながら空中停止することもできる。

 

チョウゲンボウ(メス)。目が合ってもそっとしておこう

 

さて、この鳥、餌は小鳥やネズミ、大型の昆虫などだ。体が小さいせいもあって、それほど大量の餌がいるわけでも、大型の餌がいるわけでもない。ということはちょっとした農耕地や河川敷があれば餌が手に入る。

さらに、繁殖にも利点がある。ハヤブサ科の鳥は崖に営巣するものが多いのだ。
都市部に崖はないが、崖「のようなもの」は豊富にあるーー人間の作ったビルだ。あれは言ってみれば、四方が崖になった真四角の岩山である。
もちろん人が頻繁に出入りするベランダなんかはダメだが、例えばオフィスビルで人が使わない非常階段などがあれば、絶好の営巣場所になる。

さらに、都市部の河川に必ずあるのが橋と鉄橋だ。こういった構造物は大きな橋脚に支えられており、裏側に張り出しや凹みもあるし、なにより、橋の裏側は絶対に人間が通らない。こういった場所も、営巣場所になる。

実際、ある橋で見かけた2羽のチョウゲンボウは、橋脚に近づくカラスを追い散らしていた。チョウゲンボウの1羽は背中が青灰色のオスで、もう1羽は全身が褐色のメスだ。
高速で飛び回っては急降下を繰り返してカラスを叩き出したあと、オスは河川敷の立木に止まって周囲を警戒した。そしてメスは姿を消してしまった。

状況証拠だが、おそらく、メスは橋脚あたりにある巣に卵を抱きに戻ったのだろう。
ちなみに東京都内で、電車で15分もあれば都心に出られてしまうところだ。

猛禽は確かに、豊かな生態系に支えられた最高位の捕食者だ。だが、具体的に必要としているのは餌と営巣場所である。それが満たされるなら、猛禽はあなたのすぐ後ろにいる、かもしれない。

野生の象徴だからといって、人間から遠く離れたどこかにいなくてはいけない、なんてことはないのである。もっとも、大概の人間が猛禽に気づいていないがゆえのガン無視こそが、彼らにとって都合が良いのも事実だ。

もし見かけても、黙って気づかないフリをしておいてやってほしい。

(本記事はWEB限定書き下ろしです)

 

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『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』
著者:松原 始
発売日:2020年6月13日
価格:本体価格1500円(税別)
仕様:四六判288ページ
ISBNコード:9784635062947
詳細URL:https://www.yamakei.co.jp/products/2819062940.html

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【著者略歴】
松原 始(まつばら・はじめ )
1969年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館 ・ 特任准教授。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』『カラス屋の双眼鏡』『鳥マニアックス』『カラスは飼えるか』など。「カラスは追い払われ、カモメは餌をもらえる」ことに理不尽を感じながら、カラスを観察したり博物館で仕事をしたりしている。

プロフィール

松原始

1969年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館 ・ 特任准教授。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』『カラス屋の双眼鏡』『鳥マニアックス』『カラスは飼えるか』など。「カラスは追い払われ、カモメは餌をもらえる」ことに理不尽を感じながら、カラスを観察したり博物館で仕事をしたりしている。

カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?

動物行動学者の松原始さんによる連載。鳥をはじめとする動物たちの見た目や行動から、彼らの真剣で切実で、ちょっと適当だったりもする生きざまを紹介します。発売中の『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』(山と溪谷社)の抜粋と書き下ろしによる連載です。

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