「アホ扱い」される生物の意外な真実――ハトとアリとイワシ

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『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』の著者であり、動物行動学者の松原始さんによる連載。鳥をはじめとする動物たちの見た目や行動から、彼らの真剣で切実で、ちょっと適当だったりもする生きざまを紹介します。第10回は、動物たちの「賢さ」について。

統制がとれた動きをしている…ように見えるイワシの群れ

 

賢いと言われる動物はいろいろある。
筆頭はチンパンジー、ボノボ、ゴリラ、オランウータンといった類人猿だろう。類人猿というのは前に挙げた4種にテナガザル類を加えた、尻尾のないサルだ。人間も分類からいうとこの仲間になる。

では「賢くない」……ありていに言えば「アホ」扱いされている動物はどうだろう。

例えば、どう見ても賢そうに見えない、ドバト。ドバトがどうにも賢く見えないのは、おそらく、あの「何も考えずにひたすらなんでもつつく」という態度のせいだ。つついては餌を吹っ飛ばし、キョロキョロしてまた拾ってつついて吹っ飛ばす。
アホか、足で踏んで押さえとけばいいだろう!と思ってしまうが、ちょっと待った。それは酷な注文である。

ハトだけでなく、多くの鳥は「餌を足で踏んで食べる」という行動が取れない。単純に足と首の長さの問題でやりにくい場合もあるだろうし、神経系がそういう行動に対応していない場合もあるだろう。
人間だって「理屈としてはできるが、やるには訓練がいる」という行動はたくさんある。右手は3拍子、左手は4拍子で同時に机を叩けと言われたら、普通は何をどうやっていいかもわからない。

ベランダなどに堂々と巣を作ってしまうのも、バカなわけではなく、彼らの生活史にのっとってのことだ。ドバトはもともと、西アジア原産のカワラバトである。それを人間が飼い慣らして、食用・愛玩用・伝書鳩用などとして世界中に広まった後、野生化したのがドバトだ。彼らの故郷は乾燥地帯だったから、営巣場所も岩山の崖などである。樹木が貴重なので、巣材もふんだんに使えるわけではなかった。

最初から人間に飼われていたドバトはあまり人を恐れない。日本では寺院など大きな建物にすみ着いていたようだが、人間がビルを建てるようになると、これを岩山と見なして営巣するようになった。

だからこそ、彼らはベランダを「岩山の途中にある適当な足場」と見なし、ほんの10本ほどの枝を並べた(見かけは非常に粗雑な)巣を作る。決して頭が悪いわけでも、手抜きをしているわけでもない。

アリやシロアリのような集団性の動物も、1匹ずつを見れば全く賢そうには見えない。
アリなんてひたすらウロウロしているだけだし、餌を巣穴まで引っ張ってゆく時も、共同するとは限らない。ひどい時には2匹のアリが反対方向に引っ張ろうとして、無駄に苦労している。

ところが、アリもシロアリも、集団になると極めて複雑な構造を持った巣を作り上げる。SFなら「単体では知能のない生物が集合することで巨大な知能として機能する」といったアイディアにもなるだろうが、アリもシロアリも、個体同士が情報を通信しあって演算しているわけではない。

 

動物の「集団行動」のからくり

動物が時に見せる「見事に統制のとれた集団行動」は、ごく単純なプログラムに制御されていることがある。
例えば、イワシの群れが障害物に遭遇した場合、流れるように二つに別れて障害物を回避し、再び合流する。まるで群れ全体が意思を持ったような動きだが、実はあれ、どういう行動なのかだいたいシミュレーションができている。

しかも驚くべきことに、イワシの群れを制御するプログラムはごく単純である。

(1)前を泳ぐ個体について行け
(2)周囲の個体と一定の距離を保て
(3)障害物が近づいたら右か左に避けろ

これだけだ。

群れがまとまって泳いでいる時が、周囲の個体とは一定の距離を空けて、前の個体について行っている状態だ。ここで真っ正面に障害物が出てきた場合、先頭付近の個体は右か左に避ける。前の個体が右に避けた場合、次の個体も右について行く。
右隣に誰かいたら横からぶつかりそうになるが、その個体は「一定距離を保て」「障害物が接近したら避けろ」という条件に従って避ける。この場合、右にしか避けられない。

というわけで、群れの先頭が左右に分かれ始めた瞬間、後続の魚たちも川が分かれるように二つに分離する。障害物をクリアすると、今度は「前の個体に一定距離を保って」すなわち「距離を空けすぎるな」というプログラムに従い、至近距離にいてしかも自分より前にいる個体に追いつこうとする。これが、分離した群れがまた一つになる理由だ。

と、これまで言われていたのだが、最新の研究によるとさらに単純な、「ランダムに誰かに付いてゆく」という方法だけでも実現できるし、実際そうではないか、とのこと。より単純なプログラムで行動を制御できているなら、それはそれですごい。

集団になると発揮されるこういう能力は、「群知能」と呼ばれる。細菌のコロニーが増殖を制御するとか、ホタルが小群を作って散らばるなどの例があり、人工知能のアルゴリズムにも応用されている。

このタイプの賢さを発揮する動物は、「個々のプログラムは非常に単純だが、集団になるととても賢く見える」連中だ。昆虫はミニマムなハードウェアになるべく単純なプログラムを実装し、いかに複雑な行動を実現するかを競っているようなところがあるので、このような「賢さ」とは相性がいいはずだ。

昆虫にヒトのような巨大な脳を与えると、そもそも体の作りが破綻してしまう。外骨格で支えられた体はそれほど大きくなれないし(大きくすると体内にまで間仕切りが必要になり、重量がかさむ)、循環器系も大型化に向いていない。

彼らには明確な血管がなく、血液は心臓から送り出されてなんとなく体内に分散し、なんとなく戻ってくる。小さな体ならシンプルでいい方法だが、ある程度以上大きくなると効率が悪すぎてまともに動けないはずだ。

(本記事は『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』からの抜粋です)

 

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『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』
著者:松原 始
発売日:2020年6月13日
価格:本体価格1500円(税別)
仕様:四六判288ページ
ISBNコード:9784635062947
詳細URL:https://www.yamakei.co.jp/products/2819062940.html

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【著者略歴】
松原 始(まつばら・はじめ )
1969年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館 ・ 特任准教授。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』『カラス屋の双眼鏡』『鳥マニアックス』『カラスは飼えるか』など。「カラスは追い払われ、カモメは餌をもらえる」ことに理不尽を感じながら、カラスを観察したり博物館で仕事をしたりしている。

プロフィール

松原始

1969年奈良県生まれ。京都大学理学部卒業、同大学院理学研究科博士課程修了。専門は動物行動学。東京大学総合研究博物館 ・ 特任准教授。研究テーマはカラスの行動と進化。著書に『カラスの教科書』『カラス屋の双眼鏡』『鳥マニアックス』『カラスは飼えるか』など。「カラスは追い払われ、カモメは餌をもらえる」ことに理不尽を感じながら、カラスを観察したり博物館で仕事をしたりしている。

カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?

動物行動学者の松原始さんによる連載。鳥をはじめとする動物たちの見た目や行動から、彼らの真剣で切実で、ちょっと適当だったりもする生きざまを紹介します。発売中の『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』(山と溪谷社)の抜粋と書き下ろしによる連載です。

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