【アイヌと神々の物語】親思いの娘を幸せに導いたものは何だったのか?

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アイヌ語研究の第一人者、故・萱野茂氏が、祖母や村のフチから聞き集めたアイヌと神々の38の話を収録した名著『アイヌと神々の物語』。発刊後、増刷が相次ぎ同ジャンルとしては異例の話題書となっています。北海道の白老町に「ウポポイ(民族共生象徴空間)」もオープンし、アイヌについて関心が高まる今、本書からおすすめの話をご紹介していきます。第3回は、孝行娘とカツラの木の女神の話です。

 

 

カツラの木の女神

私は一人の娘で、父がいて母がいて、大きい兄がいて、小さい兄もいますが、二人の兄は父たちや私と別に暮らしています。兄たちはクマを捕りシカを捕っても、肉のいい所を私たちにはくれようともしないで、肉の切れ端や魚の切れ端を少しずつくれるだけです。

その肉の切れ端や魚の切れ端を煮て父たちに食べさせると、父は、「あの者たちは、子どもの時にあれほどかわいがって育てて大きくしたのに」と少しだけ愚痴を言いながら暮らしていました。
それにしても、あんなにたくさん捕れるシカの肉を、もう少し多くくれてもよさそうなものを、どうしてあのように食い根性が悪いのだろうと、父や母は嘆いています。

ある日のこと、父がいうのには、「私たちが住んでいる所のこの川を上流へ行くと、右の方へ別の小さな沢が入っているので、その沢を登りつめると別の川が見える。
その川を少し降りると大勢の人が住んでいるコタン(村)があるので、そのコタンへ行って干し肉や干し魚を分けてもらってきてくれないかい」と私に言いました。

「行ってきてもいいですよ」と私が返事をすると、もっと丁寧に道順を教えてくれながら、食べ物と取りかえる宝物を出してくれました。それはイコロ(宝刀)ですが、何本かまとめて縛って背負いやすくしていると、それを見ていた母が、「兄たちも、お前が行こうとしているコタンへ行く準備をしていた」と聞かせてくれました。

兄たちは兄たちで、私は別に行くのだと思いながら荷物をまとめて、それを背負い、父が教えてくれた道順どおりに歩きはじめました。しばらく行って、山越えのために少し斜面を登りはじめると、一本のカツラの木が立っていて、その立ち姿の美しいこと。枝は四方に広がり、見るからに神々しい感じです。

そのカツラの木の周りには、いかにも私たちはこの木の子どもですよというように、背丈の低いカツラの木がたくさん生えていました。それを見た私は、背負っていた荷物を下ろし、腰に下げていたタシロ(山刀)を抜き、辺りに生えていた柴(しば)を切って片(かた)屋根の小屋を造りました。

造った小屋のそばで焚火をたき、たくさん生えているカツラの木のうち、姿のいい木を一本、私と同じ背丈に切りました。そして、顔の面になる部分をさっと削って白くしてから、自分のマタンプシ(鉢巻き)の半分を裂き、削った木にマタンプシをさせました。

マタンプシをさせた棒を小屋の前へ立て、私は、「これから山の向こうのコタンへ、食料を分けてもらいに行ってきたいと思っています。それについては、初めて行くコタンであり、大変に心細く思うので、カツラの木の女神の娘であるあなたに、マタンプシの半分を差し上げてお願いをします。私が行く道筋(みちすじ)を守ってくださることや、神の力でたくさんの食料を手に入れることができるようにしてほしいのです。

思うように食料が手に入ったら、家へ帰り、父に話をしてイナウ(木を削って作った
御幣〔ごへい〕)とお酒でお礼をしたいと思います。カツラの木の女神の娘よ、どうぞ私を守ってください」

そのようにお願いをしてから荷物を背負って山を登り、別の方の沢を下っていきました。そうすると、遠くの方で犬のほえる声が聞こえ、その声がだんだん近くなりました。目の前がパッと明るくなると大きなコタンが見え、そのコタンの中ほどには島ほどもある大きい家がありました。

私がその家の前へ行って荷物を下ろし、「エヘン、エヘン」とせきばらいをすると、家の中から美しい娘が出てきて、私の顔をちらっと見てから家へ入りました。
そしてその娘がいうのには、「外へきれいな娘が一人来ているけれど、何を思いわずらってか、顔の面に憂うれいの色が出ている娘です」と家の者に言ったのが聞こえました。すると、「いらんことをいわなくてもよい。家の前へ来た方は、男でも女でもさっさと入ってもらいなさい」と老人の声で言うのが聞こえました。

すると娘はもう一度出てきて、「どうぞお入りください」と言いながら、片方の手で私の荷物を持ち、もう片方の手で私の手を引いて家の中へ入りました。
家の中へ入ってみると、上品な老夫婦 、それに若者が二人ぐらいいるらしく、私を迎え入れてくれた人は一人娘のように見えました。家の外側でもそうでしたが、家の中の屋根裏まで、シカの肉やクマの肉がたくさん掛けて干してあります。
私の顔を見た老人は丁寧にあいさつをしてから、「どちらから、何の用事で来られたのですか」と聞いてくれました。

そう聞かれた私は、「このコタンの西側の山の向こうの沢尻(さわじり)に、コタンをもっている私の父の使いで来た者です。私には年老いた父と母、兄が二人いますが、兄たちは別々に家をもっていて、私たちにはシカの肉などもあまり持ってきてくれないのです。
それで父はこのようなものを私に持たせて、山の向こうのコタンへ行き、食べ物と取りかえてくるようにといったので、ここへ来たのです」と私は言いながら、父が持たせてよこしたイコロを出しました。

私の話を聞いた老人は、「それはそれはご苦労なことだ。親不孝というものは、世の中でいちばんよくないことなのに、どうしてそうなのだろうか」と大変同情してくれました。
老人は自分の娘に、「急いで夕食の仕度をして、この娘に食べさせてあげなさい」と言いつけると、娘はさっそく夕食の準備にとりかかりました。

そのうち外で人の気配がして、シカを背負った若者たちが狩りから帰ってきた様子です。母親が肉を家の中へ入れるために外へ出ながら、私が来ていることをいったらしく、二人の若者は狩り用の装束(しょうぞく)を外で解(と)いて入ってきました。

見ると、一人はようやくひげが生えたぐらいで、もう一人はまだ顎ひげもない若者でした。座り直した若者のうち、兄の方が、「どこから来た娘なのですか。何か聞かれたのですか」と父親へ尋ねました。

「話を聞いて驚いたところだが、この人は前々からお前たちにも話を聞かせたことのある方で、山の向こう側の村おさで私も知っている方の娘だそうだ。兄が二人いるが、シカを捕っても、父や母、そしてこの娘に肉をほとんどくれないので食べ物に困って、食べ物を分けてもらいたいと来たのだ」

それを聞いた二人の若者はあきれながら、「それはそれは、気の毒なことだ」と言って、「さあ食べなさい」と、おいしい肉をたくさん出して私に食べさせてくれました。父や母が腹をすかせていることを思うと、一人で腹いっぱい食べるのがもったいないような気がして、お椀の中の肉を父たちに残そうと、こっそり別にしました。それを見た家の人々は、「そのようなことをしなくても、たくさん持たせるので食べなさい」と言ってくれるなどしながら、次の朝になりました。

朝になると、若者たちは山の向こうの下り坂になる所まで送ってあげようといいながら、干し肉や干し魚を束にして縛ってくれています。そうしながらいうことには、「昨日山から帰る途中で、あなたの兄らしい二人連れがこのコタンの下隣(しもどなり)のコタンへ行ったのが見えました」と私に聞かせてくれました。

二人の若者は肉の束を重ねては縛って、男が二人背負う荷物を作り、私には軽く背負える分を作ってくれました。また、二人の若者は私を送ってくれることになり、私は老夫婦や家の娘に丁寧にお礼をいってから、三人でその家を出ました。
昨日来た沢の中を三人で歩き、私のコタンの方へ流れている沢まで来ました。

そこで私は、昨日来る途中の、カツラの木で神をつくったあの場所を見られるのが嫌で、若者たちに、「ここまで来たらコタンは近いので、あとは一人で帰ることができます」と言いました。すると、二人の若者は「そうだ、そうだ」と言いながら荷物を下ろし、二人で背負ってきた干し肉の荷物と、私が背負った分を合わせて、きっちりと縛ってくれました。

若者たちがこのように簡単に戻る気になったのは、たぶん神様がそのように思わせたのでしょう。若者たちにお礼をいった私は、荷物を背負って坂を下り、二人は斜面を登って帰っていきました。

ゆっくりゆっくり下っていくと、昨日小屋を造った辺りに家が一軒見え、その家からは煙が出ています。近づいてみると、私と同じくらいの美しい娘が黒いマタンプシをして、笑顔で私を迎えてくれました。そしていうことには、

「昨日は本当にありがとうございました。神の国で、娘たちがいちばん欲しがっているものは、人間の娘が頭に巻いている黒いマタンプシなのです。

それをあなたは知っていたかのように、自分が大事にしている黒いマタンプシを惜しげもなく半分に裂いて、私にくれました。それを見ていた父神や母神から私は、『大変にありがたいことだ。さあ早く、ありったけの呪術を使ってあの娘を守りなさい』といわれました。

それで私は人間の姿になって、あなたの行く手を見守り、老人や若者たちが特別あなたを大事にするように仕向けたのです。ここまで来て、二人が一緒にいるのを見られるのが嫌だったので、近くから戻るように思わせたのです」

と聞かせてくれました。

それを聞いた私は荷物をほどいて、干し肉や干し魚をたくさん出して、神様にお世話になったお礼にといいながらカツラの木の根元へ置きました。その様子を見ながら、女神の娘は、「これから一生あなたの守り神になってあげます」と言ってくれました。

そして、「神である私が、精神のいい若者をあなたの夫にさせるためにあなたのもとへ行かせるので、ためらうことなく結婚しなさい。それから、二人の兄は生まれながらに悪い憑(つ)き神がついていて、親不孝をしているので仕方がありません。兄たちを恨むことなくあなた一人で親孝行をするように」と聞かされました。

女神に何度もお礼をいった私は、「家へ帰って父に一部始終を聞かせて、イナウだけでもお礼をさせます」と言いました。すると女神は、「さあさあお帰りなさい。私があとを見守っているので、荷物も重くはないでしょう」と言いました。

私は女神にお礼をいってその場を立ち去り、しばらく歩いて振り返ってみると、家も煙もまったく見えません。そこで改めて、その女が神であったことを知り、オンカミ(礼拝)をしながら家へ帰ってきました。

父や母へは、行きながらのことや、行った先の家族が親切にしてくれたこと、カツラの木の女神がいろいろと私のためになるように、人間の若者たちへ仕向けてくれたことを細かく聞かせました。
背負って来た荷物をほどくと、ぐっと増えて横座(よこざ)いっぱいに、干し肉や干し魚の山ができました。父や母やそれを見て涙を流して喜び、何回も何回も礼拝を繰り返しています。

そして、持っていったイコロも向こうの老人は受け取らず、荷物の中からふたたび出たのを見て、なおさら父は感謝している様子です。さっそく父はイナウを削って、カツラの木の女神へそれを贈ってくれました。

私が背負ってきた干し肉を食べ終わらないうちに、どこからか立派な若者が来て、わが家へ住みつき、毎日毎日私たちのために狩りに行き、たくさんのシカやクマを捕ってきます。カツラの木の女神が聞かせてくれてあったことなので、私はその若者と結婚しました。

夫は狩りの名人なので、何を欲しいとも何を食べたいとも思わないで暮らしているうちに、私も大勢の子どもを産み、父も母も年を取って世を去りました。そのうちに兄たちは、だんだんと狩りが下手になってきたのか、シカもクマも捕ることができず、ひどく貧しい暮らしをしています。

私もすっかり年を取ってしまったので、子どもたちにカツラの木の女神へお酒やイナウを贈ることを忘れないように頼みました。
だから、今いるアイヌよ、親孝行をしなければいけませんよ、と一人の老女が語りながら世を去りました。


語り手 平取町二風谷 貝沢とぅるしの
(昭和40年1月18日採録)

解説

上の兄二人が親不孝をするので、娘が親孝行のために食料を求めにいく途中で、自分の頭に巻いているマタンプシ(鉢巻き)の半分を神の娘に贈ります。それをもらった神の娘は、かねてから欲しいと思っていたものを贈られて大喜びをし、人間の娘を助けます。
古い時代の女のマタンプシには、ししゅうはしてないものばかり、ただの黒布だけでした。

この話の中では食い根性の悪い兄たちのことを、神様が、あの人間が悪いのではなしに憑き神が悪いと教えて、目に見える人間を恨うらむものではないよ、と聞かせています。
その辺りが、アイヌのウウェペケレ(昔話)らしいおおらかさを感じさせます。どんなことがあっても、なるべく人間が人間を憎むことのないように、というわけです。

娘がおいしい肉を出されると、父や母のためにそっとお椀から取り出して別へ置くくだりは、いかにも孝行娘という感じのするところです。
なお、アイヌでは、食べ物を残して持ち帰ることをコメカレといいます。
親犬は山へ行ってウサギなどを殺し、その肉を腹いっぱい食い、飼われている家へ帰ってきて子犬の前で吐き、それを子犬に食わせます。これもコ(それ)、メカレ(残す)といいます。

食い根性の悪いことを、イペウナラというのですが、「イペウナラ アナッネ チヌカㇻ アイヌパテッ アコエウナラㇷ゚ソモネ カムイカ アコイペウナラㇷ゚ ネクス アシトマㇷ゚ネ(食い根性の悪いことは、目に見える人間にだけではなしに、神へも食わせないことになるので恐ろしいものだ)」というわけで、食い根性の悪いということは皆に嫌われるものですから、アイヌは、とっても食い根性のいい人が多いものです。

(本記事は『アイヌと神々の物語~炉端で聞いたウウェペケレ~』からの抜粋です)

 

『アイヌと神々の物語~炉端で聞いたウウェペケレ~』

アイヌ語研究の第一人者である著者が、祖母や村のフチから聞き集めたアイヌと神々の38の物語を読みやすく情感豊かな文章で収録。主人公が受ける苦難や試練、幸福なエンディングなど、ドラマチックな物語を選りすぐった名著、初の文庫化。​


著者:萱野 茂
発売日:2020年3月16日
価格:本体価格1100円(税別)
仕様:文庫544ページ
ISBNコード:978-4635048781
詳細URL:http://www.yamakei.co.jp/products/2820490450.html

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『 アイヌと神々の謡 カムイユカラと子守歌』

著者が聞き集めた13のカムイユカラと子守歌を日本語とアイヌ語の併記でわかりやすく紹介。好評発売中のヤマケイ文庫『アイヌと神々の物語』の続編であり、完結編!
池澤夏樹氏、推薦!


著者:萱野 茂
発売日:2020年8月14日
価格:本体価格1100円(税別)
仕様:文庫488ページ
ISBNコード:978-4635048903
詳細URL:http://www.yamakei.co.jp/products/2820048900​.html

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【著者略歴】
萱野 茂(かやの しげる)
​​1926年、北海道沙流郡平取町二風谷に生まれる。小学校卒業と同時に造林・測量・炭焼き・木彫りなどの出稼ぎをして家計を助ける。
アイヌ語研究の第一人者でアイヌ語を母語とし、祖母の語る昔話・カムイユカラを子守唄替りに聞いて成長。
昭和35年からアイヌ語の伝承保存のため町内在住の古老を中心にアイヌの昔話・カムイユカラ・子守唄等の録音収集を始め、金田一京助のユカラ研究の助手も務めた。
昭和50年、『ウウェペケレ集大成』で菊池寛賞受賞。また昭和28年からアイヌ民具の収集・保存・復元・研究に取り組み、昭和47年「二風谷アイヌ文化資料館」を開設。2006年に死去。

アイヌと神々の物語、アイヌと神々の謡

アイヌ語研究の第一人者、故・萱野茂氏が、祖母や村のフチから聞き集めたアイヌと神々の38の話を収録した名著『アイヌと神々の物語』。発刊後、増刷が相次ぎ同ジャンルとしては異例の話題書となっています。北海道の白老町に「ウポポイ(民族共生象徴空間)」もオープンし、アイヌについて関心が高まる今、本書からおすすめの話をご紹介していきます。

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