じつはクリスマスが似合わない!? ポインセチアの意外な生態

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社会活動や生活を制限せざるを得ない今、身近に咲く花に心惹かれます。『花は自分を誰ともくらべない』の著者であり、植物学者の稲垣栄洋さんが、花の知られざる生きざまを紹介する連載。今回はクリスマスの定番、ポインセチアについてです。

 

メキシコ生まれの温室育ち

ポインセチアは、人気の高い観葉植物である。しかし、ずいぶん気の毒な植物でもある。
ポインセチアは、クリスマスにふさわしい鉢物として十二月になると飾られるが、悲しいかな、本当は、クリスマスにはとても似合わない花なのである。

ポインセチアは別名を、クリスマスフラワーと言う。ポインセチアがクリスマスにふさわしいとされるのには、それなりの理由がある。
ポインセチアの緑色と赤色のコントラストが、クリスマスカラーと同じなので、いかにもクリスマスのシンボルのように思われているのだ。

ところが、これがとんでもない話である。
じつは、ポインセチアはメキシコのサバンナ原産の熱帯植物である。そのため、寒さにはからっきし弱いのだ。

それなのに、寒風吹きすさぶクリスマスに飾られるのだから、たまったものではない。もちろん、寒さに弱いポインセチアは、暖かな温室の中で育てられる。しかし、出荷された後は、温室育ちのポインセチアたちは、寒空の下に飾られてしまうのである。

ポインセチアは、もともとは薬草であった。メキシコの原住民たちは、ポインセチアの白い樹液から解毒剤を作っていたのである。
やがて、ヨーロッパから新大陸に人々が住むようになると、修道士たちは赤い色がキリストの血を表すとして、鮮やかな赤色をしたポインセチアがキリスト教にとって重要なクリスマスの日に飾られるようになったのである。

ポインセチアの名前は、アメリカ合衆国の初代行使で、アメリカにポインセチアを紹介したポインセットの名前に由来していると言われている。こうして、ポインセチアは、メキシコの薬草から、アメリカのクリスマスの花になったのだ。

 

花を目立たせる代わりにとった方法

「クリスマスフラワー(クリスマスの花)」とは言うものの、鮮やかな赤色をしている部分は、実際には花ではない。鮮やかな赤色をしているものは、花芽を保護するように葉が変化した苞葉と呼ばれる部分である。この苞葉が広がった中に見える黄緑色の小さな粒々が、ポインセチアの本当の花なのである。

ポインセチアの小さな花は、花びらもなく咲いても目立たない。人知れず咲いているが、赤い苞葉があまりに目立つので、誰も花には気が付かないのである。
植物は、昆虫を呼び寄せて受粉するために、花を目立たせる必要がある。多くの植物は、花びらで花を目立たせるが、ポインセチアは花びらではなく、苞葉で花を目立たせる方法を選んだのである。

これは、なかなか優れた方法である。
何しろ、これだけ大きな花びらをつけた花を作ることは大変である。しかし、苞葉は葉なので、無理なく大きく発達させることができる。しかも、花びらは時間が経つと色あせてしまうが、葉であれば、花が終わっても、いつまでも萎れることはない。

こうして苞葉を目立たせて、その中に、小さな花を次々に咲かせるのである。
しかも、小さな花の一つ一つに花びらをつけるのはコストがかかる。が、大きな苞葉を色づかせて、その中で小さな花を次々に咲かせれば、リーズナブルである。ポインセチアはなかなか計算高いのだ。

ポインセチアは、葉を真っ赤に色づかせる。
そういえば、熱帯地域には赤い花が多い。
熱帯に赤い花が多いのは、昆虫ではなく、鳥を呼び寄せて花粉を運ばせる鳥媒花が多いためである。赤色は遠くからでも目立つ色である。そして、鳥は赤色をよく認識することができる。そのため、鳥に花粉を運ばせる花は、よく目立つ赤い色をしているのだ。

ポインセチアも赤い色で目立たせている。もしかするとポインセチアも、原産地では鳥が花粉を運んでいるのかもしれない。
赤い苞葉は、花ではないが、花芽を守るためのものなので、花芽がつかないと発達してこない。ポインセチアは冬になると花を咲かせる。これは、ポインセチアが夏至を過ぎて夜が長くなってくることを感じて花芽を分化する短日植物だからである。

自然の条件でも、クリスマスの頃には赤くなるが、早く出荷する農家では、それでは間に合わない。そのため、人工的に遮光をして、太陽の当たる時間を短くし、早く赤く色づくようにしている。こんな苦労の末にポインセチアは出荷されているのだが、その結果、寒空に置かれてしまうのだから、ポインセチアにとっては迷惑な話だ。

ポインセチアは、日本には明治時代に紹介された。
現在では、外国の言葉は、そのままカタカナで表記するが、明治の日本人は大したもので、外国から導入されたものにも、きちんと日本語の名前をつけていた。たとえば、ベースボールは、「野球」と名付けられ、オートモービルは「自動車」と訳された。

それでは、ポインセチアは何というのだろうか。
ポインセチアは、日本語では、「ショウジョウボク」という。じつは「標準和名」という図鑑での正式な名前は、ショウジョウボクが正しい。ショウジョウボクは漢字では「猩々木」と書く。

猩々は、赤ら顔をした猿のような姿をした妖怪である。ポインセチアの真っ赤な苞葉が、猩々の赤い顔にたとえられたのである。赤ら顔であることから転じて、酒好きや酒飲みも「猩々」と呼ばれる。

ポインセチアはクリスマスの花である。しかし、酒飲みの赤ら顔の花だと思えば、クリスマスが終わったからといって片づけなくても、猩々木は正月の飾りとしてもふさわしいと言えるだろう。

(本記事は『花は自分を誰ともくらべない』からの抜粋です。)

『花は自分を誰ともくらべない』

チューリップ、クロッカス、バラ、マーガレット、カンパニュラ、パンジー、マリーゴールド――花は、それぞれ輝ける場所で咲いている。身近な47の花のドラマチックな生きざまを、美しいイラストとともに紹介。
昆虫や鳥を呼び寄せ、厳しい環境に適応するために咲く花。人間の生活を豊かにし、ときに歴史を大きく動かしてきた花。それぞれの花が知恵と工夫で生き抜く姿を、愛あふれるまなざしで語る植物エッセイ。『身近な花の知られざる生態』(2015年、PHPエディターズ・グループ)を改題、加筆のうえ文庫化。


著者:稲垣栄洋
発売日:2020年4月3日
価格:本体価格850円(税別)
仕様:文庫判256ページ
ISBNコード:9784635048835
詳細URL:https://www.yamakei.co.jp/products/2819048830.html

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【著者略歴】
稲垣栄洋(いながき・ひでひろ)
1968年生まれ。静岡大学大学院農学研究科教授。農学博士、植物学者。農林水産省、静岡県農林技術研究所を経て、現職。著書に『身近な雑草の愉快な生き方』(ちくま文庫)、『散歩が楽しくなる雑草手帳』(東京書籍)、『面白くて眠れなくなる植物学』(PHPエディターズ・グループ)、『生き物の死にざま』(草思社)など多数。

プロフィール

稲垣栄洋

1968年生まれ。静岡大学大学院農学研究科教授。農学博士、植物学者。農林水産省、静岡県農林技術研究所を経て、現職。著書に『身近な雑草の愉快な生き方』(ちくま文庫)、『散歩が楽しくなる雑草手帳』(東京書籍)、『面白くて眠れなくなる植物学』(PHPエディターズ・グループ)、『生き物の死にざま』(草思社)など多数。

身近な花の物語、知恵と工夫で生き抜く姿

社会活動も生活も大きく制限せざるを得ない今、身近に咲く花の美しさに心癒されることはないでしょうか。植物学者の稲垣栄洋さんが、身近な花の生きざまを紹介する連載。美しい姿の裏に隠された、花々のたくましい生きざまに勇気づけられます。

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