九州自然歩道2,100kmをスルーハイク! 第3回 ~福岡県・佐賀県編~ 英彦山での偶然の出会いと「トレイルマジック」

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皿倉山からの展望

ロングトレイルハイカー齋藤正史さんの九州自然歩道2,100㎞の旅。9月15日、福岡県皿倉山からスタートした。雨の中、道に迷いながら、5日目に英彦山を通過。英彦山神宮の参道で声を掛けられ、初めての「トレイルマジック」を受けた。福岡県から佐賀県までの旅のレポート。

 

齋藤正史(さいとうまさふみ)

齋藤正史(さいとうまさふみ)

1973年生まれ。山形県新庄市出身。ロングトレイルハイカー。

アメリカにあるロングトレイル、アパラチアン・トレイル(2005年)、パシフィック・クレスト・トレイル(2012年)、コンチネンタル・ディバイド・トレイル(2013年)を踏破し、ロングトレイルの「トリプルクラウン」を達成。日本国内でロングトレイル文化の普及に務め、地元山形ではロングトレイル整備の活動も行う。

 

九州自然歩道のルートは、「令和2年7月豪雨」で被害の大きかった熊本県人吉市を通過している。そんなこともあって、被災地の支援をしているフットウェアブランドのKEENに、支援しているボランティア団体の実情を聞き、それらを参考にしながらコロナウィルス対策を行うことにした。

僕は、まず自主的に、2週間の行動自粛と、出発前の抗体検査を行うことにした。2020年9月時点で、PCR検査は高額であり、地元の山形では検査できる施設が無かったのだ。

抗体検査キットは、感染から3日までは、最大50%の確率で抗体が検出される。感染から12日を過ぎるとその抗体検出精度は、95%以上になる。つまり、検温し、行動自粛の2週間後に抗体検査をして、抗体が検出されなければ、過去に感染していないことを証明できる。

抗体検査キット

自主的な抗体検査を行なって旅をスタートした


感染者の少ない山形に住んでいるとはいえ、旅先のみなさんに安心していただけるように準備することは、コロナ禍でハイカーがすべき努めと考えた。また、不特定多数の方に会う可能性が高いので、九州自然歩道を歩いている時も、毎日検温を行い、感染疑いがあった場合には、速やかに対処することに決めていた。

 

九州自然歩道のスタート地点に立つ

九州自然歩道のスタート地点は、福岡県北九州市にある皿倉山の山頂にある。僕は、2016年、アメリカのトレイルを歩いている時に知り合った山田富郎さんに、皿倉山へ登るケーブルカーまで車で乗せてもらった。山田さんは、山口県で無店舗の珈琲屋を営んでいて、僕が出発する当日の朝、偶然にも福岡県門司港でコーヒーを入れる仕事があり、福岡に来ていたのだった。

隙間珈琲の山田さんにいただいたコーヒー

隙間珈琲の山田さんにいただいたコーヒー


ケーブルカー乗り場のすぐ近くのふもと茶屋のお母さんに写真を撮ってもらい、山田さんと握手をして別れたが、乗り場へ行くと、ケーブルカーは終日運休になっていた。見送ってくれていた山田さんに事情を説明し、改めてお別れをし、僕はケーブルカー脇の登山道を歩き始めた。

久々のトレイルで、いきなりの登りだ。スケジュールは、ケーブルカーを利用する前提で組んでいたので、宿泊地などの予定も見直さなくてはならない。予定より3時間ほど遅れて皿倉山山頂に着いた。そこには立派なモニュメントと、北九州市内はもとより、福岡まで見えるほどの景色が広がっていた。

皿倉山からの展望

皿倉山からの展望。旅の始まり、幸先の良い最高の天気


「こんなに天気のいい日に来られるなんて、地元の人でもめったにないよ」と、たまたま山頂であいさつをしたご夫婦からお聞きした。2,100kmのスタートには最高の天気だった。

皿倉山から福岡県添田町にある英彦山までは一本道になっている。

九州自然歩道(福岡県図)

出典:NATS自然大好きクラブ(福岡県図)


九州自然歩道は、英彦山を起点に大分県側のルートと佐賀県側のルートに分岐する。僕は、九州自然歩道を歩くにあたり、英彦山で分岐し、佐賀県側から1周して英彦山に戻って終わるという歩行計画を立てていた。それは、太平洋側を後に回った方が、雨に合う確率が全体に低く、寒くなり始めるころに、九州でも比較的暖かい鹿児島・宮崎を通ることになる。佐賀廻りの方が、気候的に容易でないかと考えたのだった。

豪雨の爪痕豪雨の爪痕

豪雨の爪痕。完全に封鎖されいるが「通行止め情報」は無かった


出発してすぐに、九州特有の急な登山道の傾斜に苦戦した。英彦山までの道のりは非常に厳しいアップダウンが続いていた。また、ルートが不明瞭なところもあり、進んでは戻って迂回する、を繰り返した。さらに「令和2年7月豪雨」によって崩れた登山道を歩くこともあり、スタートしてから5日目の朝、予定より2日遅れてようやく英彦山に着いたのだった。このままのペースでは、予定より1ヶ月以上オーバーするのではないかという危機感を感じた。

スタート時に準備した食料は5日分だった。途中で食料を補給できる場所もないので、食べる量を調整しながら、あと2日分を確保した。しかし、行動食は底をつく寸前だった。ただ、幸いなことに、自動販売機はある程度あったので、ジュースを中心に、糖分を補給できたのはラッキーだった。

出発翌日から4日間、雨に降られた

出発翌日から4日間、雨に降られた

 

英彦山での偶然の出会い

英彦山周辺のルートは非常に分かりにくかった。別所駐車場でトイレに寄り、GPSのルートを辿ったが、途中でGPSの軌道は道のない林の中を示していた。とりあえず林に入り、迷いながらも、英彦山の参道に出ることができた。位置を確認すると、すでに九州自然歩道の佐賀側へ行くルートに入っていたのだった。

英彦山周辺に来ると、石段を見かけるようになる

英彦山周辺に来ると、石段を見かけるようになる


英彦山神宮の参道も、「令和2年7月豪雨」の影響で、石畳の一部が流されていた。作業員の方が参道の工事をしていたので「スミマセン、通っていいですか?」と言いながら、GPSが示す方向へ、参道を下り始めた。すると参道沿いの民家から 「登山ですか?」と、箒を持って出てきた女性に声を掛けられた。

僕は足を止め、九州自然歩道を歩いていることを話し、行動食が欲しいので近くにお店がないか聞いてみた。「この辺にはコンビニも無くてね。お菓子なら家にあるから、もし良かったらコーヒーでも飲んでいかない?」とお誘いをいただいた。九州自然歩道を歩き始めて5日目、僕にとって初めての「トレイルマジック(ハイカーにとってありがたい出来事)」だった。

トレイルを歩いている時、どんなに急いでいても、僕はこのような素敵なお誘いはありがたく受けることにしている。普通に考えても、大きなバックパックを背負った怪しい人物に声を掛けてくれること自体、奇跡ではないか。

雨にたたられ、5日間、毎日大量の汗をかいていたうえ、風呂にも入っていない。さすがに、お宅の中に入るのには抵抗があり、縁側でコーヒーをご馳走になることにした。

お話をしていると、この家の奥さんがいらした。僕に声を掛けてくれたのは、奥さんの妹さんで、普段は福岡市内に住んでいて、時々こうしてお手伝いに英彦山に来ているそうだ。

宿坊を営む松養さん姉妹

宿坊を営む松養さん姉妹


英彦山は、日本三大修験道のひとつだ。僕の住んでいる山形県にも修験道で有名な羽黒山があるのだが、羽黒山も同じく日本三大修験道のひとつ。話していくと、ほかにも不思議なつながりが見つかった。

素敵な門、手入れの行き届いたお庭、趣のある建物――、ここが住居を兼ねた宿坊だと聞いて納得した。松養さんは宿坊を通して、山形の人たちとの交流があったのだ。縁側の奥には客用の部屋も見えた。

こうして縁側でお庭を見ながらコーヒーをご馳走になり、まして行動食代わりのお菓子までいただくとは夢にも思わなかった。僕が道に迷わなければ、今日は英彦山の参道を、もっと早い時間に通り過ぎていたので、掃除で外に出てきた妹さんには出会わなかっただろう。もし、順調にトレイルを歩いていて、予定通りに進んで、あと2日早く来ていたら、妹さんは英彦山にいなかったのだ。

いろいろな出来事が重なって、こうして僕はここでコーヒーをご馳走になっているのかと思うと、運命という言葉以外に適切な言葉は見つからなかった。

「ゴールはどこなの?」と聞かれ、1周して12月15日くらいまでには、英彦山に戻って終わりになることを伝えた。すると「じゃ、ゴールしたら泊まっていって! この辺は12月になると寒いから、お鍋でも食べましょう! 楽しみに待ってるからね!」とおっしゃってくださった。

僕は、再会を約束して、英彦山の参道を下っていった。

登山道だけでなく山間の道路も通過する

登山道だけでなく山間の道路も通過する

 

自然歩道らしい道に出会えた佐賀県

佐賀県に入ると雨が続いていた。佐賀県のルートは山中を通ること多い分、令和豪雨の影響による道路や登山道の通行止めの箇所も多かった。迂回を余儀なくされた道の中でも、乳待坊公園から、竜門峡へ至るまでの古道は非常に心地よかった。

九州自然歩道(佐賀県図)

出典:NATS自然大好きクラブ(佐賀県図)


天気が良いこともあったのだろうが、時折現れる古道のような道、少し苔むした登山道を歩いて、やっと自然歩道らしい道に出会えた、と感じたからかもしれない。

竜門峡付近の古道

竜門峡付近の古道


竜門滝を過ぎてからは、沢沿いを歩いていく。竜門ダムの入り口には、キャンプ場もあるのだが、僕が訪れたのが日曜日でだったこともあり、残念ながらキャンプ場はお休みだった。少し離れた水場のある場所でテントを張った。

竜門ダムから、有田町までのルートは、崩落して通れなかったが、有田町内から長崎県との県境近くまでの舗装路から見える。有田町の棚田はとても美しかった。

美しい棚田と有田町内を眺める

美しい棚田と有田町内を眺める


佐賀県では、雨が多く、下を向きながら歩くことも多かった。しかし、それもスルーハイクの醍醐味。もし、機会があれば、このエリアをセクションハイクで、改めてのんびりと歩いてみたい。

有田町内はひまわりがピークだった

有田町内はひまわりがピークだった

 

九州自然歩道 福岡県・佐賀県のおすすめ情報

  • 松養坊(しょうようぼう)
    〒824-0721 福岡県田川郡添田町英彦山1305
    電話 0947-31-4000

 

プロフィール

齋藤正史(さいとうまさふみ)

1973年、山形県新庄市出身。ロングトレイルハイカー。
2005年に、アパラチアン・トレイル(AT)を踏破。2012年にパシフィック・クレスト・トレイル(PCT)を踏破。2013年にコンチネンタル・ディバイド・トレイル(CDT)踏破し、ロングトレイルの「トリプルクラウン」を達成した。日本国内でロングトレイル文化の普及に努め、地元山形県にロングトレイルを整備するための活動も行なっている。

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