等身大の姿をあぶりだす『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』
評者=森山憲一(山岳ライター)
「単独無酸素登頂」を掲げてエベレストに挑戦していたが、2018年に滑落死した登山家・栗城史多さん。その人物像を追った一冊である。栗城さんについて書かれたものというと、絶賛するものか全否定するものかしか存在しないというのがこれまでであったのだが、この本はそのどちらでもない。生前の彼を知る人たちを数多く訪ね歩き、「等身大の栗城史多」を描き出すことに専心した、ほぼ初めての文献といっていい。
著者の丹念な取材は、噂としては幾度もささやかれてきた栗城さんの裏の姿をあからさまに暴き出す。困難な課題に挑戦しようというのにトレーニングをほとんどしない姿勢、自称していた「単独」や「無酸素」が虚偽であったこと、そして、登頂タイミングまで占いに頼る、常軌を逸した超自然への傾倒など。
一方で、優れた言語センスや茶目っ気のある人柄など、人を惹きつけずにはおかない栗城さんの人間的魅力も素直に描き出す。栗城さんのこうした部分については過剰な装飾を施した言葉でしか語られてこなかっただけに、著者のフラットな筆致が、かえってリアルな魅力を際立たせている。
人々に夢や希望を与えるアイコンとしてもてはやされ、大きくなりすぎたその虚像に押しつぶされた栗城さん。本当の自分を一切表に出せないことに、晩年は苦しめられていたに違いない。本書は、そんな状況から栗城さんがようやく解放される一助になっているように思う。栗城ファンにもアンチにも、どちらにも読んで、考えてみてほしい一冊だ。
(山と溪谷2021年2月号より転載)
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