山小屋の仕事は一生懸命に「衣食住」をこなすこと。コロナ禍で休業を決めた2020年、来季の小屋準備
燧ヶ岳の懐に抱かれた尾瀬見晴地区に佇む「原の小屋」新管理人から、尾瀬のこと、人のこと、山小屋のことなどをお届けします。第4回はコロナ禍で休業を決めた2020年、尾瀬で夏山登山シーズンを迎える8月からの話です。来年に向けて小屋の手入れを行います。
文・写真=髙妻潤一郎
2020年8月に入りやっと梅雨が明けた尾瀬。「原の小屋」がある見晴地区にも、ようやく夏がやってきた。世の中が新型コロナウイルス騒ぎで大変なときでも我関せずといった具合に、花たちが堰を切ったように咲き競う姿は、こころ落ち着く景色だ。
さて山小屋では通常のお客さんにサービスを提供する部分として、食事やお風呂(尾瀬は特別)のほか、寝具とともに部屋の提供などが目に見える部分と言えよう。なので、山小屋の仕事の中でやはりこの部分が多くを占めるのは当然だろう。
しかし、実はこれ以外の仕事も多くあるのだ。いくつかあげてみよう。私たちが一般的に社会生活を送るために必要なインフラ(電気、ガス、水道)と住居となる家であるが、山小屋のある場所には当然電気、ガス、水道は通っておらず、電気においては発電機を回して作っている。ガスはプロパンガスをヘリコプターで輸送して使用。水は沢の水を引いて使用している。つまりすべてにおいて、小屋の人間が関わる必要があり、設置、撤去、メンテナンスといった作業もおのずと仕事となる。そう、つまりライフラインの維持管理も、宿泊者に見えない山小屋の大きな仕事なのである。原の小屋では発電機は4台あり、どれも軽油を燃料とし、運転時間で交代しながら、発電機そのものに負荷をあたえ過ぎないように順番に稼働させている。コンセントにプラグを差せば電気が点く、蛇口をひねれば水が出るなど、都会の日常の生活が山小屋ではすべて特殊なのである。

染み込ませると見事なまでによみがえってくる
そんな山小屋という特殊な環境の中、原の小屋では、コロナウイルスの感染拡大防止を考え、2020年のシーズンは休業という選択をした。規模を小さくしての営業も考えたが今季は思い切って、お客さんを入れながらではなかなか出来ないメンテナンス業務を中心に作業をしようということになった。そこで今まで大切に使ってきていたテーブルなどの家具の表面をヤスリで削り、新たに塗装をし直した。木材用のオイルやニスなどを塗ることで、さらに長く使えるようにするためである。
さらに、インフラ以外にも建物そのもののメンテナンスも必要不可欠な要素のひとつである。原の小屋はここ見晴地区で唯一、トタン屋根ではなく「木端(こば)ぶき屋根」という工法の屋根である。尾瀬では原の小屋と長蔵小屋のみとなってしまったが、この屋根のメンテナンスも数年に一度は行う必要がある。
9月の安定した良く晴れた日、3階建てに相当する屋根の上に上がり、屋根のメンテナンスを行った。原の小屋の屋根は傾斜があるので、安全対策を施しながら、壊れた木端を張り替え、古くなった木端にオイルを塗る作業を行った。支点作りも含めると丸3日間以上を費やした計算になる。

釘1本落とさないよう慎重に作業をすすめる
山小屋の仕事は一生懸命に「衣食住」をこなすことである。「僕はこんなに一生懸命に食べて、寝て、お風呂に入ってなんてしたことはありませんでした。改めて両親に感謝します!」と昔、若い男性スタッフが小屋を後にする時にこんな話をしてくれた。つまり電気が使える幸せ、水が使える幸せを嚙みしめながら生活をすることとも言えよう。都会の便利な暮らしとはほど遠い世界だが、若者たちには新鮮に感じられたのだろう。
気づけば尾瀬も秋の気配を感じられるようになり、尾瀬ヶ原も若干色づき始めた。私たちは、来年に向けて、小屋閉めの準備をいよいよ始めることとなる。
(山と溪谷2020年11月号より転載)
- 尾瀬 - 原の小屋 OZE ・ HARA NO KOYA
本州最大級の高層湿原、尾瀬ケ原が広がり、日本百名山にも数えられる燧ヶ岳と至仏山の2座を有する特別保護地区、尾瀬国立公園。原の小屋は、ブナの原生林が広がる燧ヶ岳の山麓、6軒の山小屋が集まる福島県檜枝岐村見晴地区(下田代十字路)にあります。長きにわたり、厳しい冬の風雪にも耐えてきた重厚な建物の中は、静かで温かい山の時間が流れています。
山小屋直通電話:090-8921-8314
http://www.oze-haranokoya.com/
https://www.facebook.com/haranokoya/
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本州最大級の高層湿原、尾瀬ケ原が広がり、日本百名山にも数えられる燧ヶ岳と至仏山の2座を有する特別保護地区、尾瀬国立公園。原の小屋は、ブナの原生林が広がる燧ヶ岳の山麓、6軒の山小屋が集まる福島県檜枝岐村見晴地区(下田代十字路)にあります。長きにわたり、厳しい冬の風雪にも耐えてきた重厚な建物の中は、静かで温かい山の時間が流れています。
※2021年度は5月下旬からの営業を予定しています。最新情報はHPやSNSでご確認をお願いします。
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プロフィール
髙妻 潤一郎
1964年、愛知県生まれ。日本山岳ガイド協会認定登山ガイド ステージⅢ。アルパインツアーサービス(株)、山岳写真家の故白簱史朗氏の助手を経て、2005年から15年間、南アルプスの山小屋の管理業務に携わる。2020年尾瀬・原の小屋の管理人に就任。
http://www.oze-haranokoya.com/
- 尾瀬 - 原の小屋 管理人便り
“尾瀬のおへそ”とも言うべき見晴地区に佇む「原の小屋」。60年以上の長きにわたり営業を続けているこの山小屋に、2020年、新しい管理人がやってきた。本連載では尾瀬のこと、人のこと、山小屋のことなど、新管理人から日々のたよりをお届けする。
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