賑やかな森の初夏|北信州飯山の暮らし

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日本有数の豪雪地域、長野県飯山市へ移住した写真家・星野さん。里から森と山を行き来する日々の暮らしを綴ります。第17回は、初夏に森を賑わす生き物たちの話。

文・写真=星野秀樹

 

 

キュッ、キュッ、キュッ、キュッ、キュッ、キュッ、キュッ…。
森の奥で、賑やかに鳴く老木に出会った。
朽ちかけたブナの大木。若々しい新緑の木々に囲まれて、ブスッと仏頂面をして立っている。
そんな老木が、騒がしく賑やかに鳴き続けている。
でもまさか、ブナが鳴くなんて。

初夏の森。あれだけあった雪に変わって、森に緑の波がやってきた。やがてヤブが繁茂して、森への通い路も覆われてしまうのだ。そして、木も花も、鳥も、虫も、獣も、みんななんだか忙しそう。芽吹きに彩り、恋や子育てに飛び回っている。まさに今、森は命に溢れている。
そんな森からは、様々な音が聞こえてくるのだった。

ククッ、ククッ。
石を擦り合わせるような不思議な音に誘われてヤブを漕いでいくと、小さな湿地に出た。
雪解け間もない池の周囲は、まだヤブが雪の重みで押しつぶされていて、ぽっかりと空を望む森の中の窪みを作っている。
見ると、池の淵を覆う木々の枝からは白い泡のような塊がいくつもぶら下がり、さらによく見れば、多量のカエルたちがその泡の中でうごめいている。
モリアオガエルだ。
産卵をするメスを中心に、いく匹ものオスたちがおしくら饅頭のように押し合いへし合い大騒ぎしている。
普段はほとんど目にすることのないモリアオガエルが、この「命の季節」にのみ、森の、どこからともなく現れて、こんな小さな池の周りに大集合する。一度にこれだけ大量のカエルを目にするとちょっとギョッとするけれど、白い卵塊と緑のモリアオガエルがブナの若木の枝先に鈴なりになって揺れている姿を見ると、ブナの森が育む「森の宝石」とでも呼びたくなってしまうのだ。

 

 

森の入り口の杉林から、甲高い叫び声が聞こえてきた。
ケッ、ケッ、ケッ、ケッ、ケッ、ケッ、ケッ、ケッ…。
夕暮れなんかだとちょっと不気味で、一体、何がどこから、と思って林の中を探し回ってみると…。
見つけた!
杉の中段よりずっと上、小枝を組み敷いた巣の中に、何か白い羽毛の塊みたいなのがヨチヨチとうごめいている。しばらく観察を続けるとオオタカの幼鳥だと分かった。どうやらヒナは三羽。甲高い鳴き声の正体は、親鳥が発する警戒音のようだ。あまりプレッシャーを与えずに、と思いつつも、ヒナの成長が気になって仕方がない。ブナの森と集落周辺に広がる田畑を背景に、里山が育むヒナ鳥たちは、7月下旬、元気に巣立っていった。

森の奥で、賑やかに鳴く老木に出会った。
でもよく見ると、幹に開いた穴の中から、小さな、小さな顔が覗いている。
頭頂部が赤くて、なんとも愛くるしい顔。老ブナの声の正体は、実はこのアカゲラのヒナのもの。
キツツキの仲間のアカゲラは、一年中この森で暮らす森の住人、僕の隣人だ。厳冬期にも、雪に映える赤い後頭部を振りながら、ブナからブナへと飛び回っている。
やがてブナの梢を渡る黒い影。親鳥がやって来たらしい。
キョッ、キョッ、キョッ、キョッ。
キュッ、キュッ、キュッ、キュッ、キュッ、キュッ、キュッ、キュッ。
鳴き声が一際大きく、まるで森の木々が笑っているかのように、騒々しく賑やかに響き渡った。

この森で一番賑やかな木は、もう芽吹くこともない枯れ木だった。でも一見無愛想なその老木は、大切な命をしっかりと抱きしめて、力強く立っていた。命なんて俺にはもう関係ない、なんて無骨な頑固ジジイの顔をしながら。いやもしかしたら、たくさんの孫に囲まれて幸せそうな、好々爺なのかもしれないけれど。

 

 

●次回は7月中旬更新予定です。

星野秀樹

写真家。1968年、福島県生まれ。同志社山岳同好会で本格的に登山を始め、ヒマラヤや天山山脈遠征を経験。映像制作プロダクションを経てフリーランスの写真家として活動している。現在長野県飯山市在住。著書に『アルペンガイド 剱・立山連峰』『剱人』『雪山放浪記』『上越・信越 国境山脈』(山と溪谷社)などがある。

ずくなし暮らし 北信州の山辺から

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