村の酒盛り|北信州飯山の暮らし

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日本有数の豪雪地域、長野県飯山市へ移住した写真家・星野さん。里から森と山を行き来する日々の暮らしを綴ります。第32回は、村の飲み会の話。

文・写真=星野秀樹

 

 

雪国飯山は、酒の国

とにかく酒だ。

集会だ、消防だ、祭りだ、道普請だといって、なんだかんだと人が集まれば、とにかく飲まんじゃいられない。なにしろここは羽広山、土地には雪、人間には酒が深く染み込んだ集落だ。みんなが先祖代々受け継いできたDNAには、酒と共に生きる、いや、酒がなければ生きていけない、という情報が組み込まれているに違いない。冬は酒飲むぐらいしか楽しみがない、なんて聞くけれど、降る雪の多さと、飲む酒の量って比例するんだな、なんて思わずにはいられない。

 

数年前に公民館に中古のビールサーバーが導入されて、冷えた生ビールとサワーを飲めるようになった。なんと贅沢でありがたいこと、と思う。しかしそんな炭酸飲料だけで満足するような輩ではなく、宴が進めばやはり日本酒だ。飲むのは決まって飯山の地酒、「北光」。鍋倉山系の水を使って地元戸狩で作られた酒は、新潟のクセのない「淡麗辛口」とは違う、若干の苦味と甘みが混じった存在感を主張する。これを、雪国らしく燗をして飲むのだが、燗の仕方が至って簡単。まずは一升瓶の中身を大きなやかんに丸々注ぎ、火にかける。時折やかんを揺らして酒を混ぜ、底を触って温度を調べる。ちょっと熱いかな、って具合で小さな「金のやかん」に小分けして各テーブルに配る。隣の村の集会場には「自動燗付け機」なるものがあるけれど、この村に来て僕が最初に覚えたのが、この「燗の仕方」だったかもしれない。そんな燗の仕方は至極具合がよく、我が家でも小さな「金のやかん」を購入した。それまでは日本酒といえば冷やでしか飲まなかったけれど、最近は「おい、今日は燗にするか」なんて言って、金のやかんを火にかけて、かみさんと燗酒を楽しんでいる。

 

 

ひとたび飲み会が始まると、ちっとやそっとじゃ終わらない。ビールをついで、酒をつがれて、農業など仕事の話しから村や消防団の運営、しょうもない馬鹿話まで話題は尽きない。

いつも驚かされるのは、どれだけ飲んでも「酒に飲まれる」ことがない、この土地の人たちの凄さだ。ついでつがれて、相当量飲んでいるはずなのに、決して乱れない。もちろん時には酔い潰れたり、酔って大声を出したりする人もいるけれど、別に大ごとになったりもしない。これまで自分も、いろんな所でいろんな人たちと、いろんな飲み方をしてきたけれど、こんなに終始変わらず気持ちよく、楽しく飲める集団と出会ったことがあっただろうか。みんな酒が強いばかりじゃなく、ほんとに酒が好きなんだな、ってしみじみ思う。

残念ながらそんなDNAを持たない自分は、ちょいちょい「酒に飲まれて」しまう。ひどく酔っ払ったあげく、知らぬ間に、酒の代わりに水だけつがれているのに酔いつぶれてしまったり、11月の冷たい水路に落ちて、全身ずぶ濡れになって泣きながら帰ったり。この歳になってもまだまだみんなの「酒の飲み方」を学ばなければ、と反省するのだった。

 

雪国飯山は、酒の国でもある。だからこの村の人に限らず、みんな飲むのが大好きだ。学校のPTAや子供のクラブ関係などでも、ことあるごとに飲み会がある。保護者ばかりでなく、時には先生も一緒に飲んで、肩を叩き合って大騒ぎして盛り上がる。小さな街のことなので、飲み屋の数も限られて、二次会ともなれば最後はみんな決まった一軒に集まる。店に入って見回すと、大概見知った顔がいて、そっちのグループに合流したりする。そんなのもいかにもこの土地らしい飲みの場だと思うのだ。

 

いつも飲み会の終わりは急に来る。なんの前触れもなく、誰かの「おい、そろそろやめようや」なんて一言でバタバタと片付けが始まる。確かに時計を見れば、もう日付が変わっている。

公民館の外の焼却炉でゴミを燃やして、最後にまた馬鹿話しを少し。ちょっと名残惜しそうにしながら。

そうして、「またねー」なんて言いながら手を振って、やっと家路に着くのだ。

まるで子供みたいに。

 

 

●次回は10月中旬更新予定です。

星野秀樹

写真家。1968年、福島県生まれ。同志社山岳同好会で本格的に登山を始め、ヒマラヤや天山山脈遠征を経験。映像制作プロダクションを経てフリーランスの写真家として活動している。現在長野県飯山市在住。著書に『アルペンガイド 剱・立山連峰』『剱人』『雪山放浪記』『上越・信越 国境山脈』(山と溪谷社)などがある。

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