かつてイルカは「4本足」だった…動物解剖学者が語る、驚きの「進化の証拠」
日本一クジラを解剖してきた研究者・田島木綿子さんの初の著書『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること』は、海獣学者として世界中を飛び回って解剖調査を行い、国立科学博物館の研究員として標本作製に励む七転八倒の日々と、クジラやイルカ、アザラシやジュゴンなど海の哺乳類たちの驚きの生態と工夫を凝らした生き方を紹介する一冊。発売たちまち重版で好評の本書から、内容の一部を公開します。第12回は、イルカは魚とイヌのどちらに近いのか、という疑問について。

手はヒレに、足は無くなる
マクロな視点でいえば、イルカとクジラは人間と同じ系統である。生物学における「系統」とは、生物がある一定の順序を追ってつながっていることを指す。共通の祖先を持つ個体群や類縁関係、血縁関係などである。
生物は、進化の過程でさまざまな系統に分かれてきた。私たち哺乳類も、その一系統である。哺乳類というのは、文字どおり、子どもを産んで母乳で育てる生物のことを指す。
身近にいるイヌやネコが、自分たちと同じ系統の動物であることは、理解しやすい。
イヌやネコが出産・授乳している姿を見たことがあれば、なおさらである。
一方で、海の中をスイスイ泳いでいるイルカやクジラのことを、「人間と同じ仲間だよ」と伝えても、ピンとこない人のほうが多いだろう。
「だって、見た目が魚じゃん」
本当にその通りなのである。
一般に、系統が同じだと、見た目が似る。なぜなら、骨格をはじめとする体の基本構造が同じだからだ。
イヌやネコも、ぱっと見、人間とそっくりではないが、人間が四つんばいになれば、基本的なフォルムは似ている。あるいは、テレビの動物番組やインターネットの動画で、イスにふんぞり返って座っているネコの姿が「オヤジみたい」と話題になることもあるが、同じ系統だと考えれば、オヤジみたいな姿も納得できる。
これに対して、イルカやクジラには、人間やイヌのような手足は見当たらない。その代わりに、背ビレや尾ビレがあり、到底、自分たちと体の基本構造が同じとは思えない。だとすると「やはり魚じゃないか」という話になる。
生物は、自分の置かれた環境が変わると、その環境に適応するために、体の構造や機能などを大きく変化させる能力を発揮し、生き残ろうとする。これが成功すると、進化と呼ばれる。
イルカなどの海の哺乳類の先祖はどれも、もともと4本足で陸上で生活していた。しかし、何らかの理由で陸上から再び海へ戻った結果、陸上とまったく異なる海という生活に適応するために、体を含むさまざまな部分を大きくモデルチェンジしていった。
たとえば、海の中で水の抵抗を減らして素早く動くために、その体型はサメや魚類のような流線形に変化した。
水中で速く泳ぐための推進力は尾ビレに托し、その結果、後ろ肢は退化させてしまった。前肢はヒレ状にして、泳ぐときの舵取りを可能にした。
その結果、一見すると、イルカも魚のような外貌になったのである。このように、環境に適応する過程で、ある生物同士が偶然その外見や機能が同じになったり、似たりする進化を「収斂(しゅうれん)進化」、または「収斂」と呼ぶ。
魚のコスプレをした哺乳類
こうした話をすると、「水中に適応するために魚みたいな体型になったなら、もはやイルカは魚じゃないの?」という質問もよく受ける。もしそうなら、私はこれほどイルカをはじめとする海の哺乳類に興味を持たなかっただろう。
イルカなどの海の哺乳類の謎(もしくは魅力)は、まさにそこなのである。イルカの表向きの姿は確かに魚みたいだが、解剖して体の内側を細かく見れば見るほど、明らかにイルカは私たちと同じ哺乳類の系統だと実感する。

体の骨格の基本要素は、未だに陸の哺乳類と同じである。異なっているのは、それぞれの部位の骨の大きさや数だけだ。後ろ足が退化したことで骨盤は不要になったのに、イルカの体には今も骨盤の名残りがある。
また、海の生活に適応するために急遽つくられた尾ビレや背ビレも、皮膚が変化した〝仮のヒレ〞であり、魚類のような構造ではない。イルカに限らず、クジラやオットセイなど海の哺乳類はみな同じである。
さらに、ヒレのつき方や、ヒレの位置、数なども、サメや魚類とは異なっている。とくに尾ビレに注目してみると、サメや魚類の尾ビレは体と平行についていて、これを左右に振って進む。
一方、イルカの尾ビレは、体に対して垂直につき、背腹の方向に振って遊泳する。人間がダイビングをする際、足にフィンをつけて上下に動かしながら泳ぐ姿やイヌが草原を疾走するときに尾っぽを動かす方向と同様である。
このように、一見、魚類にしか思えない姿かたちをしているイルカだが、骨格や内臓の要素を調べると、要所要所に哺乳類としての共通性が見えてくる。そして同時に、水中に適応するために獲得した特徴もわかってくる。
※本記事は『海獣学者、クジラを解剖する。』を一部掲載したものです。
『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること~』
日本一クジラを解剖してきた研究者が、七転八倒の毎日とともに綴る科学エッセイ
『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること~』
著: 田島 木綿子
発売日:2021年7月17日
価格:1870円(税込)
【著者略歴】
田島 木綿子(たじま・ゆうこ)
国立科学博物館動物研究部研究員。 獣医。日本獣医畜産大学獣医学科卒業後、東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻にて博士課程修了。 大学院での特定研究員を経て2005年、テキサス大学および、カリフォルニアのMarine mammals centerにて病理学を学び、 2006年から国立科学博物館動物研究部に所属。 博物館業務に携わるかたわら、海の哺乳類のストランディングの実態調査、病理解剖で世界中を飛び回っている。 雑誌の寄稿や監修の他、率直で明るいキャラクターに「世界一受けたい授業」「NHKスペシャル」などのテレビ出演や 講演の依頼も多い。
海獣学者、クジラを解剖する。
日本一クジラを解剖してきた研究者・田島木綿子さんの初の著書『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること』が発刊された。海獣学者として世界中を飛び回って解剖調査を行い、国立科学博物館の研究員として標本作製に励む七転八倒の日々と、クジラやイルカ、アザラシやジュゴンなど海の哺乳類たちの驚きの生態と工夫を凝らした生き方を紹介する一冊。発刊を記念して、内容の一部を公開します。
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