「役に立つかわからないものに価値はない?」への超納得の回答――進化生物学者が教えてくれること

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コロニーと呼ばれる集団をつくり階層社会を営む「真社会性生物」の驚きの生態を、進化生物 学者がヒトの社会にたとえながらわかりやすく語った名著『働かないアリに意義がある』がヤマケイ文庫で復刊! 働かないアリが存在するのはなぜなのか? ムシの社会で行われる協力 、裏切り、出し抜き、悲喜こもごも――面白く、味わい深い「ムシの生きざま」を紹介する。


規格品ばかりの組織はダメ

ムシの社会が指令系統なしにうまくいくためには、メンバーのあいだに様々な個性がなければなりません。個性があるので、必要なときに必要な数を必要な仕事に配置することが可能になっているのです。

このときの「個性が必要」とは、すなわち能力の高さを求めているわけではないのが面白いところです。仕事をすぐにやるやつ、なかなかやらないやつ、性能のいいやつ、悪いやつ。優れたものだけではなく、劣ったものも交じっていることが大事なのです。

性能のいい、仕事をよくやる規格品の個体だけで成り立つコロニーは、確かに決まり切った仕事だけをこなしていくときには高い効率を示すでしょう。しかし、ムシの社会も、いつ何が起こるかわかりません。

高度な判断能力をもたず、刺激に対して単純な反応をすることしかできないムシたちが、刻々と変わる状況に対応して組織を動かすためには、様々な状況に対応可能な一種の「余力」が必要になります。その余力として存在するのが働かない働きアリだといえるでしょう。

ただし何度でも強調したいのは、彼らは「働きたくないから働かない」わけではない、ということです。みんな働く意欲はもっており、状況が整えば立派に働くことができます。

それでもなお、全員がいっせいに働いてしまうことのないシステムを用意する。言い換えれば、規格外のメンバーをたくさん抱え込む効率の低いシステムをあえて採用していることになります。

しかしそれこそが、ムシたちの用意した進化の答です。

翻(ひるがえ)ってヒトの社会ではどうでしょうか。企業は能力の高い人間を求め、効率のよさを追求しています。勝ち組や負け組という言葉が定着し、みな勝ち組になろうと必死です。

しかし、世の中にいる人間の平均的能力というものはいつの時代もあまり変わらないのではないでしょうか。それでも組織のために最大限の能力を出せ!と尻を叩かれ続けているわけです。昨今の経済におけるグローバリズムの進行がその傾向に拍車をかけています。

余裕を失った組織がどのような結末に至るのかは自明のことと思われます。大学という組織においても、近年は「役に立つ研究を!」というかけ声が高くなっていますし、私の研究など真っ先に「行政改革」されてしまいそうです。

しかし、特定の目的に役立つ研究は本来、公立の研究機関(農業試験場など)がそのために設置されているのであり、大学の社会的役割の一つには、基礎的研究を実行し、技術に応用可能な新しい知識を見つけるというシードバンク(苗床・なえどこ)としての機能があったはずです。

例えば数十年前に大騒動を引き起こした狂牛病(=BSE)。この病原体は、もともと神経細胞に存在するプリオンというタンパク質が変異したものだと考えられていますが、プリオン自体はそれまでなんの役に立つかわからないものだったので、ごく少数の基礎研究者がその研究を行っていたにすぎませんでした。

ところが、ひとたび狂牛病が現れ、プリオンに関する応用研究が必要になったとき、その基礎研究者たちが見つけておいた知識がおおいに役に立ちました。言い換えれば、何が「役に立つのか」は事態が生じてみるまでわからないことなのです。

したがって、いまはなんの役に立つかわからない様々なことを調べておくことは、人間社会全体のリスクヘッジの観点から見て意味のあることです。そういう「有用作物の候補の苗床」としての機能は大学以外に担う機関がなく、大学という組織の重要な社会的役割の一つであると、私は考えています。

その力を弱めることで、国家にとって長期的にどのような影響があるのか。興味深いところですが、その話は次回にとっておきましょう。ともあれ、良きも悪(あ)しきも様々な個性が集まっていないと組織がうまく回らない、ということは覚えておいてください。

※本記事は『働かないアリに意義がある』を一部掲載したものです。

 

『働かないアリに意義がある』

今の時代に1番読みたい科学書! 復刊文庫化。アリの驚くべき生態を、進化生物学者がヒトの社会にたとえながらわかりやすく、深く、面白く語る。


『働かないアリに意義がある』
著: 長谷川 英祐
発売日:2021年8月30日
価格:935円(税込)

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【著者略歴】
長谷川 英祐(はせがわ・えいすけ)

進化生物学者。北海道大学大学院農学研究員准教授。動物生態学研究室所属。1961年生まれ。
大学時代から社会性昆虫を研究。卒業後、民間企業に5年間勤務したのち、東京都立大学大学院で生態学を学ぶ。
主な研究分野は社会性の進化や、集団を作る動物の行動など。
特に、働かないハタラキアリの研究は大きく注目を集めている。
『働かないアリに意義がある』(メディアファクトリー新書)は20万部超のベストセラーとなった。

働かないアリに意義がある

アリの巣を観察すると、いつも働いているアリがいる一方で、ほとんど働かないアリもいる。 働かないアリが存在するのはなぜなのか? ムシの社会で行われる協力、裏切り、出し抜き、悲喜こもごも――。 コロニーと呼ばれる集団をつくり階層社会を営む「真社会性生物」の驚くべき生態を、 進化生物学者がヒトの社会にたとえながらわかりやすく、深く、面白く語る。

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