集団でサナギを拉致して「奴隷」にする…サムライアリの恐るべき生態とは?

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コロニーと呼ばれる集団をつくり階層社会を営む「真社会性生物」の驚きの生態を、進化生物 学者がヒトの社会にたとえながらわかりやすく語った名著『働かないアリに意義がある』がヤマケイ文庫で復刊! 働かないアリが存在するのはなぜなのか? ムシの社会で行われる協力 、裏切り、出し抜き、悲喜こもごも――面白く、味わい深い「ムシの生きざま」を紹介する。


他人の力を利用しろ

社会性の生物のなかには、コロニー全体の利益になることを一切せず、ただひたすら自分の子どもだけを生産し続ける裏切り者のワーカー(チーター)がいることがあります。

彼らが裏切るのは仲間だけではありません。社会のなかの裏切り者の究極の形は、「社会寄生」と呼ばれる、他の種のコロニーの労働力を利用している種類です。この社会寄生種は多数のアリ、少数のハチ、そしてシロアリでも知られています。

社会寄生の最も原始的な形は、寄生種の女王が宿主のコロニーに入り込み、宿主の女王を殺し、そこにいる宿主のワーカーに自分のワーカーを育てさせるというものです。この場合、宿主の女王は殺されているので宿主のワーカーはいずれ死に絶えてしまいます。

その後は寄生種のワーカーが普通に働いてコロニーを維持します。寄生種が自分のコロニーをつくりあげるまでのあいだだけ、他種の労働力を利用するので「一時的社会寄生」と呼ばれています。

宿主のほうからすれば、入り込まれればコロニーは壊滅ですから、寄生種の女王が入ってきたときにそいつを排除するような対抗進化が起こってもおかしくありません。ところが、寄生種の女王は宿主のワーカーをだますテクニックを身に付けており、宿主のワーカーに自分は同種だと信じ込ませて対抗策を講じさせないのです。

アリは地下の暗闇で暮らしているためか、自分と同じコロニーのメンバーかどうかということを相手の匂いで判断しています。体表に付着している炭化物という化学物質の組成が同一コロニーのメンバー間では同じになっており、触角で相手に触った瞬間にこの「匂い」が自分と同じかどうかを判断し、相手が同一コロニーのメンバーかどうかを識別しています。

社会寄生種の女王はこの性質を利用します。最初に相手の巣に入り込むときはワーカーの攻撃を受けますが、そのときにはワーカーの知覚が一時的に混乱するような物質を出して相手を大混乱に陥れ、巣に侵入するとまず宿主の女王を真っ先に殺します。

観察していると、この後寄生種の女王は殺した宿主の女王の体の下に入り込んで長い時間過ごしたり、殺した女王の体をひっかいては自分の体にこすりつけたりする行動をとります。このあいだに宿主の女王の匂いを自分に移しているらしく、それ以降はワーカーから攻撃を受けなくなります。

つまり、本当のお母さんのふりをしてワーカーをごまかしているわけです。足を白く塗って子羊をだまそうとしたオオカミみたいですね。

「匂いのお面」を被るのは社会寄生種の常套(じょうとう)手段ですが、本当にお面を被る種類もいます。アメイロアリという一時的社会寄生種は、侵入する宿主の巣に近づくと、入口付近にいるワーカーを1匹捕まえて殺し、頭の部分が前に向くようにくわえて巣に入り込みます。

他のワーカーたちは、触角で触ってみると確かに自分の巣の仲間なので、入り込みを許してしまうのです。これなどは本当にお面を被ってだましているのですが、瓜子姫(うりこひめ)の皮をはいで被り、おじいさんをだまそうとした「あまんじゃく」を思い出します。

さらに高度な社会寄生になると、相手の巣に入り込むとその巣の女王は殺さず、コロニーを存続させたまま自分は雌雄の卵を生み続け、育てさせます。生まれた寄生種は羽アリとなって外へ飛び出し、他の宿主のコロニーに入り込むのです。

このような種類はもはや自分たちの働きアリを失ってしまっています。これらのアリはかつて社会性をもっていたはずですが、寄生生活を続けるうちに社会そのものを失ってしまったのです。

社会寄生の最も変わった形は「奴隷制」と呼ばれるものです。奴隷とは穏やかではありませんが、これらの種は一時的社会寄生種と同様、宿主の巣に入り込むと相手の女王を殺し、自分のワーカーをつくらせます。

ところが、そのワーカーたちは充分な数になると他の宿主の巣に出かけていき、その巣からサナギや生まれたばかりのワーカーをさらってきてしまいます。拉致(らち)されたワーカーは奴隷制を行う種の巣の中で成熟し、巣の維持のために働きます。おそらく自分たちが他種のために働かされているとは思ってもいないでしょうけれど。

奴隷制で最も有名な種は、日本にもいるサムライアリという中型のアリです。この種に至っては、サムライアリのワーカーはサナギをくわえやすいよう歯のない細長いサーベルのような顎に進化してしまっているので、自分たちではエサを食べることもできません。

私はかつて、このサムライアリの生態を詳しく研究したことがあります。奴隷狩りから帰ってきたサムライアリのワーカーはおなかが空くのか、群らがって奴隷のワーカーにエサをねだりますが、大集団が帰ってきていっせいにエサをねだられ、てんてこまいの奴隷たちは「ああ、もうちょっと待ちなさい、うるさいんだから」みたいな感じでサムライアリのワーカーを邪険(じゃけん)に扱っていました。

どちらが奴隷かわからないくらいです。サムライとか偉そうな名前が付いていますが、やってることはただの居直り強盗ですね。

こういう社会寄生も、「社会」というただ乗り可能なリソースがあるので進化します。もちろん、彼らも自分の遺伝子をできるだけ多く残すように進化したわけです。

その観点からとても興味深い研究がありました。岡山大学の松浦健二博士は、シロアリの異なる二つのコロニーを交ぜてみると、そのまま融合して何事もなかったように一つになってしまう場合と、片方がもう一方を皆殺しにしてしまう場合があることを発見しました。

この違いが何によって決まっているかを詳細に調べたところ、融合するのは、相手あるいは双方に将来繁殖虫になるように運命付けられた幼虫(ニンフといいます。跡継ぎと考えていいでしょう)がいない場合のみで、ニンフがいる場合には必ず片方が皆殺しになるというルールがあったのです。

社会寄生の観点から見ると、相手が労働力だけなら吸収して労働力を利用(一種の寄生)したほうがいいのですが、繁殖虫になる個体がいる場合、自分たちの跡継ぎが追放されてしまう可能性があるため、皆殺しが選択されると解釈できます。

私はこの話を聞いて、戦国時代の武将が合戦で負けた相手方の男子を皆殺しにしたエピソードを思い出しました。結局ここでも、利他的な社会と利己性という二つの要素が、多様な現象を引き起こしているといえるでしょう。

※本記事は『働かないアリに意義がある』を一部掲載したものです。

 

『働かないアリに意義がある』

今の時代に1番読みたい科学書! 復刊文庫化。アリの驚くべき生態を、進化生物学者がヒトの社会にたとえながらわかりやすく、深く、面白く語る。


『働かないアリに意義がある』
著: 長谷川 英祐
発売日:2021年8月30日
価格:935円(税込)

amazonで購入


【著者略歴】
長谷川 英祐(はせがわ・えいすけ)

進化生物学者。北海道大学大学院農学研究員准教授。動物生態学研究室所属。1961年生まれ。
大学時代から社会性昆虫を研究。卒業後、民間企業に5年間勤務したのち、東京都立大学大学院で生態学を学ぶ。
主な研究分野は社会性の進化や、集団を作る動物の行動など。
特に、働かないハタラキアリの研究は大きく注目を集めている。
『働かないアリに意義がある』(メディアファクトリー新書)は20万部超のベストセラーとなった。

働かないアリに意義がある

アリの巣を観察すると、いつも働いているアリがいる一方で、ほとんど働かないアリもいる。 働かないアリが存在するのはなぜなのか? ムシの社会で行われる協力、裏切り、出し抜き、悲喜こもごも――。 コロニーと呼ばれる集団をつくり階層社会を営む「真社会性生物」の驚くべき生態を、 進化生物学者がヒトの社会にたとえながらわかりやすく、深く、面白く語る。

編集部おすすめ記事