【裏切りの生物学】社会が回ればフリーライダーが現れる――進化生物学者が教えてくれること

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コロニーと呼ばれる集団をつくり階層社会を営む「真社会性生物」の驚きの生態を、進化生物 学者がヒトの社会にたとえながらわかりやすく語った名著『働かないアリに意義がある』がヤマケイ文庫で復刊! 働かないアリが存在するのはなぜなのか? ムシの社会で行われる協力 、裏切り、出し抜き、悲喜こもごも――面白く、味わい深い「ムシの生きざま」を紹介する。

社会が回ると裏切り者が出る

例えば、働きアリは1匹だけでは生きていくことができません。

これは人間でも同じことで、個人は生活のあまりに多くを社会に負っているため、一人で生きていくことなど想像もできなくなっています。

人でもムシでも、各個体は社会システムのなかで生産活動を行い、その一部をなんらかの形で社会に還元することで、社会を維持するために必要なコストが賄(まかな)われているわけです。ムシであれば幼虫の世話等の労働ですし、ヒトの社会なら税金ですね。

ところが、このように「個体が貢献してコストを負担することで回る社会」というシステムが常態化すると、そのシステムを利用し、社会的コストの負担をせずに自らの利益だけをむさぼる「裏切り行為」が可能になってきます。

ヒトの社会学では、社会的コスト(義務)を応分に負担せずに社会システムがもたらす利益だけを享受する者が増え、社会システムの維持に問題が生じることをフリーライダー(ただ乗り)問題と呼んでいます。

フリーライダーが増えると社会を維持する労力が足りなくなってしまい、最終的には社会システム自体が崩壊します。具体的には、誰も税金を払わなければ、人間社会の維持に必要な様々なコスト(政治家の給料や道路などの社会的インフラを整備するための金)を賄うことができず、社会が成立しなくなってしまうでしょう。

これと似たようなことは、生物の社会でも起こっています。いや、個体の遺伝的利益を最大化することが原則の生物の世界では、むしろ人間から見ると信じられないような、他者を出し抜いて自らの利益を高めるような行動が頻発しています。

 

本当に働かない裏切りアリ

アリのコロニーには長期間働かない働きアリが存在するけれども、それは一種のリリーフ要員で、他のメンバーが疲れて働けなくなったときはヘルプに入り、コロニーの危機を救うと考えられています。

ところが、社会性の生物のなかには、コロニー全体の利益になることを一切せず、ただひたすら自分の子どもだけを生産し続ける裏切り者のワーカーがいることがあります。

アミメアリは、コロニーのなかにいる個体はみな翅(はね)がなく胸が小さいワーカーの形をしており、普通ならいるはずの女王が存在しません。おそらく、昔は普通のアリと同じ「女王+ワーカー」という社会形態だったものが、進化の途中で女王を失い、ワーカーしかいなくなってしまったものと考えられています。

普通のアリでは女王が産卵するわけですが、このアリは各働きアリが自分の娘をオスとの交尾なしに生産しており、すべての働きアリが子どもを残すことがわかっています。

通常ワーカーには単眼(昆虫の主な眼である小さな目が集まった複眼とは別に、複眼を構成する単位が個別に存在する光受容器官。普通は額にある)がありませんが、40年ほど前から日本のところどころで、単眼をもっていて少しサイズの大きなワーカーを含むコロニーが見つかっていました。

単眼をもつワーカーは最初、女王になりそこなった奇形だと考えられていましたが、琉球大学の辻和希(つじかずき)博士、東京大学の土畑重人(どばたしげと)博士らと私たちの共同研究によって、これらの単眼をもつワーカー(単眼型)は、通常のワーカーとは遺伝的に異なる系統であり、社会システムに寄生する利己的な裏切り者であることがわかってきました。

真核生物の細胞内にはミトコンドリアと呼ばれる細胞内小器官があり、これは核ゲノムとは別にDNAをもっています。核ゲノムは両親から半分ずつ子どもに受け渡されるのですが、ミトコンドリアDNAの場合は卵子内の細胞質として次世代に伝わるので、母親からしか遺伝しません。

また、核ゲノムのDNAよりも塩基配列の変化速度がずっと速いため、ミトコンドリアDNAの共有率を見れば、類縁が近い生物の遺伝的識別ができます。

つまりメスであるワーカーが娘(ワーカー)を生むという繁殖様式をもっているアミメアリでは、ミトコンドリアの系譜が個体の系譜を直接表すことになります。したがって、単眼型と通常型が遺伝的に異なる系統なら、ミトコンドリアDNAの配列は、通常型と単眼型のあいだで異なっているはずです。

そこで、三重県でとれた単眼型と、同じコロニーの通常型について、ミトコンドリアDNAの全配列を比較した結果、全体で43ヵ所ほど違いがあることがわかりました。

このデータを用いて、日本各地で採集した通常型と単眼型の遺伝子を比較したところ、単眼型は通常型のなかから派生してきた遺伝的系統であることが判明しました。つまり、社会ができた後に侵入してきた新たな遺伝的タイプだということです。

さらに両者の行動を比較してみると、通常型はコロニーの維持のための労働をし、生涯にいくつかの卵を産卵するのに対して、単眼型はほとんど働かず、多数の卵を生み続けることがわかったのです。

この遺伝分析と行動分析の結果を合わせれば、単眼型の正体は社会が維持されてきたところに現れた利己的な裏切り者系統だと判断できます。生物学上、こうしたコロニー内の裏切り者は英語の「だます(cheat)者」の意から「チーター」と呼ばれます。

彼ら単眼型は通常型の労働にただ乗りし、自分たちの卵を育てさせるだけのフリーライダーのチーターだったのです。
このようなチーターは社会があればどこにでも現れます。

例えば粘菌は、普段は一つひとつの菌がバラバラに生活していますが、近辺の栄養分が少なくなると化学的なシグナルを出して集合し、柄とカサからなるキノコのような構造物をつくります。

胞子をつくってまき散らすのはカサの部分を「担当」した個体のみです。柄を長くしたほうが胞子を遠くまでまき散らせるので全体にとって有利なのですが、柄の部分になった個体は胞子をつくらないため、利他的といえます。
このキノコそのものが、複数の個体がつくりあげた「社会」です。

通常、この粘菌がつくるキノコは、もともと一つだった菌が分裂して増えた複数の菌が集合してつくられることがわかっており、柄になる利他個体は血縁選択の効果によって遺伝的利益を享受していると考えられています。

しかし、このキノコのなかに、カサにしかならない遺伝的系統がまぎれ込んでいることがわかってきました。この系統は柄になるものを含む利他的な系統にただ乗りするチーターであると考えられます。

さっきの、卵ばかり生む単眼型のアミメアリと同じですね。昆虫と菌という、まったく異なる生物で同じような現象が見られるのは「メンバーが利他的に振る舞う社会では、フリーライダーが現れる」という論理の普遍性を示すものです。

社会あるところすべてつけ込む余地あり、ということでしょう。

※本記事は『働かないアリに意義がある』を一部掲載したものです。

 

『働かないアリに意義がある』

今の時代に1番読みたい科学書! 復刊文庫化。アリの驚くべき生態を、進化生物学者がヒトの社会にたとえながらわかりやすく、深く、面白く語る。


『働かないアリに意義がある』
著: 長谷川 英祐
発売日:2021年8月30日
価格:935円(税込)

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【著者略歴】
長谷川 英祐(はせがわ・えいすけ)

進化生物学者。北海道大学大学院農学研究員准教授。動物生態学研究室所属。1961年生まれ。
大学時代から社会性昆虫を研究。卒業後、民間企業に5年間勤務したのち、東京都立大学大学院で生態学を学ぶ。
主な研究分野は社会性の進化や、集団を作る動物の行動など。
特に、働かないハタラキアリの研究は大きく注目を集めている。
『働かないアリに意義がある』(メディアファクトリー新書)は20万部超のベストセラーとなった。

働かないアリに意義がある

アリの巣を観察すると、いつも働いているアリがいる一方で、ほとんど働かないアリもいる。 働かないアリが存在するのはなぜなのか? ムシの社会で行われる協力、裏切り、出し抜き、悲喜こもごも――。 コロニーと呼ばれる集団をつくり階層社会を営む「真社会性生物」の驚くべき生態を、 進化生物学者がヒトの社会にたとえながらわかりやすく、深く、面白く語る。

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