ドラマ化された人気小説の続編『残照の頂 続・山女日記』

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評者=工藤夕貴

残照の頂 続・山女日記

著:湊 かなえ
発行:幻冬舎​
価格:1650円(税込)

 

湊かなえさんとは? 現代の日本人なら誰もが知る、民衆が愛するミステリー作!? イヤミス(嫌な気持ちで終わるミステリー)の女!? はたまた著作物がほぼ映画化され、ドラマ化される売れっ子作家!? かのエドガー賞にノミネートされる、数少ない日本の作家!?

けれど、私にとっての湊さんは、尊敬してやまない作家であると同時に、因島のみかん農家さんが実家という、地球にどっしりと根を下ろした、ヤマのジョシトモでもある。

「山女日記」シリーズはそんな湊さんの一面を浮き彫りにしてくれる、唯一無二の作品だ。初めて読んだ時、湊さんのような作家が、誰も死なない山を舞台にした作品を書いたことが衝撃的で、かつとても新鮮だった。

この作品は、今まで読んできた数々の山岳を舞台にした作品とも違う。当たり前の人生を、当たり前に生活する人々の、誰もが経験できそうな山ドラマだ。だからこそ、湊さんの世界観や言葉の持つ魔法が、随所で炸裂する。そしてその描写の正確さは、自分の足で取材しながら、一歩一歩歩いてきた記録でもある。当たり前に一緒に山を登らせてもらってきたけれど、湊さんはおいしいあんぱんの話や、ディズニーの〝イッツ・ア・スモールワールド〟の歌を口ずさみながらも、きっとそんなパズルのピースを人知れず頭の中に描いていたに違いない。

山好きだからこそわかる各山々の詳細な事象、山に登るからこそ知り得る、ソレソレ!と共感してうなずきたくなるような、細やかなアレコレが、小気味よく散りばめられていてうれしくなってしまう。読んでいるだけで、自分が山にいて、澄み渡る凛とした風や、体中の細胞が浄化される透明な、冷凍庫から出したばかりの空気を吸っているような感覚を呼び覚まされる。

私にはこの『残照の頂』は、前作をも凌ぐマスターピースにも思える。なぜなら、物語に散らばるキラキラとした、まるで新鮮な果実の雫が滴るような感性の奥に、純粋な愛を感じるからだ。今までの湊作品と、私にはどことなく違って感じた。まるでガラスで作ったオルゴールのように、どこか乙女チックでもある。新しい湊ワールドを感じさせる作品に仕上がっているとも思った。なぜなのだろう?

一ページの中に並べられたワードのひとつひとつが、心の中に生き生きと入ってきて、自分がそこにいるかのように感じてしまう。登場人物の年齢もさまざまだ。みんなどこか普通なようで普通ではないことが好ましい。湊節とでも言おうか、どこかストレートなようで湾曲したキャラクターも顕在するし、そこには純粋すぎるほどピュアな心の持ち主も存在する。それらのキャラクターすべてを愛おしく感じる。

湊さんが書くと、どんな話でも、気付けば本の世界へ催眠術にかかったように引き込まれてしまう。淡々と読み進みながらも、各ストーリー終わりには、感動で自然に目に涙が浮かんでしまうのだ。それが〝湊かなえさん〟というすごさなのかもしれないと痛感する。「今度はここを歩いてみなよ。近くの山も遠くの山も、陽気に声をかけてくれる。(中略)歩きはじめてまだ一時間も経っていないのに、抱えきれないほどの招待状を受け取っている」。私はこのフレーズがとても好きだった。どの山に登っても、いつもそう感じるのは、きっと湊さんも一緒なのだろう。

この本を閉じてじんわり私は温かく感じていた。生きることの切なさの中に、人はまぶしいほどにもがきながら、愛を渇望する。ちっぽけな人間が圧倒的な大自然に抱かれたとき、そこには痛いほどシンプルな真実があるのかもしれない。

 

評者=工藤夕貴

1971年、東京都生まれ。女優。2016年、登山ガイド・立花柚月を演じたNHKドラマ『山女日記』が好評を博し、17年の続編、21年秋の第3弾ドラマでも、同役を演じている。プライベートでも登山を趣味とし、NHK BS1の「実践!にっぽん百名山」ではナビゲーターを務めている。 ​​​

山と溪谷2021年12月号より転載)

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