進化論のダーウィンが30年かけて研究していた超「地味」な生き物とは?

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河合隼雄学芸賞受賞・異色の土研究者が、土と人類の驚異の歴史を語った『大地の五億年』(藤井一至著)。土の中に隠された多くの謎をスコップ片手に掘り起こし、土と生き物たちの歩みを追った壮大なドキュメンタリーであり、故池内紀氏も絶賛した名著がオールカラーになって文庫化されました。

「土は生命のゆりかごだ!快刀乱麻、縦横無尽、天真爛漫の「土物語」」仲野徹氏(大阪大学名誉教授)。「この星の、誰も知らない5億年前を知っている土を掘り起こした一冊。その変化と多様性にきっと驚く」中江有里氏(女優・作家・歌手)。

本書から一部抜粋して紹介します。

 

 

調査のために30年待ち

ダーウィンは、ビーグル号の航海でガラパゴス諸島を訪れた経験などをもとに『種の起源』(1859年)を著した有名な生物学者だ。一方で、ロンドン地質学会の事務局長でもあったダーウィンは、土の研究においても歴史的な成果を挙げている。

著書『ミミズの活動による肥沃土の形成』(1881年)では、芝生にまいた石ころがミミズのフン塊の盛り上がりによって地下に埋まっていく様子を克明にスケッチしている。土ができるまで30年間も待ってから調査した事例では、1年あたり2ミリメートルの土壌がミミズの働きによってつくられることを割り出した。

ミリと聞くとわずかなようにも感じられるが、1ヘクタール(100メートル×100メートル)あたりに換算すると、1年で20~40トンの土を耕すと聞くとそのすごさが伝わるだろうか。ミミズのいる土は肥沃な土だ、ということは農家の人たちも経験的に知っていたと思われるが、ミミズが土を生成することを量的に証明したのはダーウィンが初めてであった。

30年も土を観察するとは、なんとヒマな人であろうか。ダーウィンは大富豪だった両親をスポンサーにつけ、研究に没頭した。素晴らしい研究を生む〝土壌〟が、彼の周りにはあったのだ。

ダーウィンの時代から150年。分析技術が進歩した現代にあっても、私たち土の研究者の調査手法はシンプルだ。スコップ片手に野山を歩き、地面を掘って観察する。甲子園で試合に負けた高校球児のように必死で土を集め、分析する。現代の研究者はダーウィンの時代より簡単に多くの分析データを得られるようにはなったが、時代を超えたダーウィンのすごさはその観察力・洞察力にある。

 

ダーウィンの見た赤い土

ビーグル号の航海でダーウィンが関心を持ったのが土の色の「変化」だった。ダーウィンの日記には、熱帯のエクアドル、ブラジルの土の赤さと緑とのコントラストへの驚きが記されている。それは、イングランドで慣れ親しんだ、草地と黒い土の景観とはずいぶん違うものだった。

ダーウィンはただ土の色の違いに感動したのではない。見た目が違えば性質も違う。生まれ(大陸)や育ち(気候)が違えば、土も異なる性格を見せる。南米チリの豊かな森林を育む肥沃な火山灰土壌、ペルーの砂漠土、フロレアナ島(ガラパゴス諸島)の肥沃な黒い土、そして熱帯雨林を支えるブラジルの赤い土。ダーウィンはただ土の多様性を認識するだけでなく、生き物たちも連動して変化することを発見した。

後に『種の起源』では、「個体間の競争の厳しい環境では生物の多様性が増加する」とも述べている。つまり、土を含めた環境の違いが、生き物に多様な進化を促すと考えたのだ。ビーグル号の旅でのダーウィンの発見は、環境の違いに応じて、生き物たち(たとえばフィンチという小鳥)が小さな変化を積み重ねながら多様な進化を遂げたことにあったが、その根本には、土壌を含む自然環境の多様さへの理解があった。

 

※本記事は『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』(山と溪谷社)を一部掲載したものです。

 

『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』

河合隼雄賞受賞・異色の土研究者が語る土と人類の驚異の歴史。 土に残された多くの謎を掘り起こし、土と生き物の歩みを追った5億年のドキュメンタリー。


『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』
著:藤井 一至
価格:1210円(税込)​

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【著者略歴】

藤井一至(ふじい・かずみち)

土の研究者。1981年富山県生まれ。 2009年京都大学農学研究科博士課程修了。京都大学博士研究員、 日本学術振興会特別研究員を経て、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所主任研究員。 専門は土壌学、生態学。 インドネシア・タイの熱帯雨林からカナダ極北の永久凍土、さらに日本各地へとスコップ片手に飛び回り、土と地球の成り立ちや持続的な利用方法を研究している。 第1回日本生態学会奨励賞(鈴木賞)、第33回日本土壌肥料学会奨励賞、第15回日本農学進歩賞受賞。『土 地球最後のナゾ』(光文社新書)で河合隼雄賞受賞。

 

■関連リンク

研究者と芸術家が「土」を語り倒すトークセッション
「土を描き、アートを掘る」@文喫 ※オンラインあり

7月29日(金)18:30~20:00
https://artofdirt-bunkitsu.peatix.com/

大地の五億年

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