文と写真でブナ林の神髄に迫る『ブナ林からの贈りもの』【書評】

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評者=曽根田 卓

ブナ林からの贈りもの

著:熊谷 榧
写真:石橋睦美
発行:世界文化社
価格:1760円(税込)

 

以前、御池から尾瀬ヶ原へ燧裏林道を真夜中に歩いた。満天の星が広がる上田代を抜け、静寂に包まれた針葉樹の森に入る。天神田代を過ぎブナの森に入った瞬間、森の中が「シャカシャカ」と微かな音に溢れていることに気がついた。ヘッドライトを消し、暗闇の中で耳を澄まして聞き入ったその音は、無数の昆虫が蠢く音だった。そのとき私は、ブナの森が、植物をはじめ地中の微生物や昆虫、そして野鳥や獣を養う生命の小宇宙であることを初めて実感した。

1993年刊行、文庫版で再刊された本書には、画家の故・熊谷榧さんが全国9カ所のブナ林を訪れた紀行文が収められている。現地に暮らす、山に精通した人々との心温まる交流を通じて、未来に残すべきブナ林の恵みの豊かさを訴えている。それまで森林限界を越えた登山を実践してきた著者は、この取材を通じて「緑に包まれた清新な大気の存在は、生きていることの素晴らしさを味わわせてくれた」と、内省的な山旅の楽しさに初めて目覚めた心境を語る。そのみずみずしい文章に寄り添う、写真家・石橋睦美さんの美しい写真が、読者を豊潤なブナ林の世界に導いてくれる。

環境保護の意識が高まり、SDGsが求められている今だからこそ読みたい一冊だ。

 

評者=曽根田 卓

そねだ・たかし/1958年生まれ。山岳写真クラブ仙台所属。宮城県の山500座を踏破。東北の山に詳しい。 ​​​

山と溪谷2022年9月号より転載)

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