「もう一つの南アルプス」白峰南嶺――。その魅力と厳しさ
南アルプスは、甲斐駒ヶ岳に始まり北岳を含む白峰三山、塩見岳、荒川・赤石・聖岳を経て光岳まで連なる長大な山脈である。この長大な山脈と稜線がつながった、すばらしい山域が実は存在する。「もう一つの南アルプス」と題して、今回はそのうちの一つ、白峰南嶺について紹介しよう。
写真・文=岸田 明
右奥に蝙蝠岳と、奥に荒川岳
白峰南嶺の概要
南アルプス主脈と東側に対峙し、間ノ岳から農鳥岳を経由して南にのびる長大な尾根を白峰南嶺と呼ぶ。ほとんど一本の長大な尾根は青薙山の手前で尾根が分かれ、西は青薙山、東は安倍奥の山伏(やんぶし)方面へとつながっている。東を早川、西を大井川東俣に挟まれた稜線で、登山基地は、椹島、二軒小屋(現在利用不可)、奈良田と雨畑である。
主な登山対象は、白峰三山の大門沢下降点の南にある広河内岳~黒河内岳(笹山)、笊ヶ岳、青薙山になる。北部の縦走はどちらかと言えば、稜線を見渡せる南下が有利であるが、バリエーションルートなので標識はない。また尾根幅が広いので、ガスが出た時にはたどる道筋が分からなくなりルートファインデングが非常に難しく、遭難が頻発する山域である。
白峰南嶺 北部の山
白峰三山縦走で通る大門沢下降点の南にある広河内岳は、北から見ると美しい三角形をしている(冒頭の写真)。大門沢下降点から山頂まではやや薄くはなるがトレースがあるので、展望のよい山頂を往復するのもよいだろう。広河内岳からは、まるでクジラの背中の様な白河内岳への稜線が眺められる。
右奥には白峰南嶺の中南部の山
おおらかな岩稜帯の稜線が延々と続くのが、白峰南嶺北部の特徴で、塩見岳南東にある蝙蝠岳から白峰南嶺を見ると広河内岳以南には突出したピークがなく、山座同定が難しい。白河内岳の南で樹林帯に入り、黒河内岳(笹山)の山頂部が最南の岩稜帯となっている。また非常に小さなピークが多数あり、難しいルートファインデングを強いられる。大籠岳南部の赤色岩稜帯の山頂部通過が一番難しい。
黒河内岳(笹山)は近年、奈良田からのダイレクト尾根が整備され、すばらしい展望を求めて、多くの登山者が訪れるようになった。ただし、登山口からの標高差が大きく枝尾根も多いので、難易度の高い山である。
白峰南嶺 中南部の山
中南部の特徴は、稜線のほとんどは深い樹林に覆われている点であるが、その醸し出す雰囲気はすばらしく、ヤブこぎをしたりなどのワイルドな山行が愉しめる。所々にある展望地から眺める南アルプス主脈のパノラマもすばらしい。
白峰南嶺の中南部の山々と富士山
中南部では唯一、笊ヶ岳(ざるがたけ)が有名で、二百名山でもあり多くの登山者が訪れている。椹島からは、下写真の右下に写っている上倉沢を横断し、稜線に登って尾根筋から笊ヶ岳山頂を目指す。
山頂に立てば、西側には右から悪沢岳、荒川中岳と前岳、赤石岳、聖岳、上河内岳と主脈の山が続くすばらしいパノラマが待っている。ただし往復13時間半、累積標高差1800m。アップダウンが激しく、悪場の続くハードな上級者向きコースだ。
左奥に仙丈ヶ岳、右奥に三角形の北岳が見える。
左の美しい三角形は塩見岳、右遠方は鳳凰山
そのほか登山の対象となっている山としては、白峰南嶺最南の顕著なピークである青薙山がある。登山道が静岡県側の畑薙ダム方面からあり、南アルプスには珍しい池や多彩な森を有するのが特徴だ。下写真でわかるように、青薙山山頂部の右に見える崩壊地は、深南部の鎌崩(かまなぎ)と双璧をなす崩壊地と言われている。
最後に
白峰南峰は、多彩な山々が連なりとても魅力的な山域である一方、簡単に踏破できるエリアではなく、相応の技術と経験が求められる。繰り返しになるが最大の注意ポイントは、何の特徴もない幅広い岩稜帯、あるいは先が見えず踏み跡が完全に消えている樹林などにおける、ルートファインデング能力が不可欠、のひと言につきる。
また崩壊地を横断する箇所はないが、崩壊地の縁で登山道が崩落している箇所があるので、こちらもあわせて注意が必要だ。
プロフィール
岸田 明(きしだ・あきら)
東京都生まれ。中学時代からワンゲルで自然に親しんできた。南アルプス南部専門家を自認し、今までに当山域に500日以上入山。著書に『ヤマケイアルペンガイド南アルプス』(共著・山と溪谷社)、『山と高原地図 塩見・赤石・聖岳』(共著・昭文社)のほか、雑誌『山と溪谷』に多数寄稿。ブログ『南アルプス南部調査人』を発信中。
奥深き南アルプス南部の魅力
南アルプス南部は、北部と比較してさらに山深く、簡単にはいけない反面、独特の魅力にあふれている。季節、エリアなど色々な切り口で、南アルプス南部の魅力を取り上げよう。