「もう一つの南アルプス」 安倍奥――。岳人ならずとも一度は訪れたいエリア

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南アルプスは、甲斐駒ヶ岳に始まり北岳を含む白峰三山、塩見岳、荒川・赤石・聖岳を経て光岳まで連なる長大な山脈である。この長大な山脈と稜線がつながった、すばらしい山域が存在する。今回は「もう一つの南アルプス」と題したシリーズの最終回として、安倍奥について紹介しよう。

写真・文=岸田 明

大谷嶺から見た安倍奥東山稜。左から大光山、中央の連山が十枚山付近、東山稜最南端の竜爪山まで見える

大谷嶺から見た安倍奥東山稜。奥の稜線、
左から大光山、中央の連山が十枚山付近、
東山稜最南端の竜爪山まで見える

 

安倍奥の概要

安倍奥は、白峰南峰・青薙山から東へと続く稜線の最南端に位置する。この山域は静岡市内を流れる安倍川源流域となっており、静岡市民の裏山として多くの市民がハイキングに訪れる。

三百名山の山伏(やんぶし/2013m)を盟主とする安倍奥は、八紘嶺(はっこうれい)を頂点として、安倍川を取り囲むように馬蹄形をした連山を成している。東側の山稜は大光山(おおぴっかりやま)に始まり十枚山、真富士山(まふじやま)を経て、最南端に顕著なピークの竜爪山(りゅうそうざん)がある。さらに尾根筋を南までたどっていくと、静岡市中心部にある浅間神社まで一本でつながっている。西側山稜は大谷嶺、山伏を経てなだらかな山稜が続き、国道362号線近くの智者山あたりで稜線が不明瞭になる。登山対象となる主な山は、この智者山までとなっている。

安倍奥の概略図

安倍奥の概略図

⇒ヤマタイムで付近の地図を見る


安倍奥の主な特徴は以下の3つの通り。
① 静岡市街地から近く、比較的手軽に登れる日帰りの山が多い
② 富士山の眺望がすばらしい
③ 各所に滝、ツツジ、カエデ類やブナの大木などの見所が点在

登山口付近は植林帯が多く楽しみは少ないが、唯一、西日影沢から山伏に登るコースは途中の雰囲気がよい。稜線は非常にすばらしい植生と展望を備えているので、縦走を中心として計画するのがよい。またマイカーで稜線付近までアクセスが可能な山もあるので、積極的に利用したい。新東名経由でのアクセスがよい山域なので、天気の良い日を待ち、ピークハントではなく縦走するのがおすすめだ。

 

安倍奥の魅力と楽しみ方

今回は個別の山々ではなく、安倍奥を特徴づける魅力や楽しみ方をピックアップ。写真を交えて紹介していきたい。

●展望
安倍奥の山域は、これまで紹介してきた「もう一つの南アルプス」の山域(白峰南嶺、深南部)の中で最も富士山に近く、美しい富士山の姿を満喫できる。著名な展望スポットとしては、山伏、安倍峠~大光山~下十枚山稜線の各所、真富士山、竜爪山などがある。

八紘嶺山頂部の肩から見た富士山

八紘嶺山頂部の肩から見た富士山


安倍奥の盟主・山伏山頂からは、南アルプス南部の主要ピークのほぼ全てを遠望することができる。光岳から茶臼岳、上河内岳、聖岳、赤石岳そして荒川三山まで見える。

山伏からの南アルプス南部主脈

山伏からの南アルプス南部主脈


東山稜では下十枚山と大光山の肩が最高の展望地で、聖岳、赤石岳、荒川岳などの南アルプス南部主脈と、布引山や笊ヶ岳など白峰南嶺の山々が見渡せる。

下十枚山肩からの展望。手前に十枚山と、遠くに聖岳、赤石岳、荒川岳、布引山と笊ヶ岳。右にかすかに塩見岳と蝙蝠岳

下十枚山肩からの展望。手前に十枚山と、
遠くに聖岳、赤石岳、荒川岳、布引山と笊ヶ岳。
右にかすかに塩見岳と蝙蝠岳


●美しいツツジ類
シロヤシオツツジとトウゴクミツバツツジが各所で見られる。シロヤシオツツジは、安倍峠~十枚山、下十枚山周辺が特に密度が濃い。

シロヤシオが美しい十枚山山頂部の北端。右の木に隠れているのが山伏。遠くに大無間山と光岳

シロヤシオが美しい十枚山山頂部の北端。右の
木に隠れているのが山伏。遠くに大無間山と光岳

山伏小屋付近のトウゴクミツバツツジ。奥に大無間山から仁田岳までの南アルプス南部主脈の山並みが広がる

山伏小屋付近のトウゴクミツバツツジ。
奥に大無間山から仁田岳までの南アルプス南部主脈
の山並みが広がる


●樹木がすばらしい稜線
西山稜には樹木の多彩な県民の森、深沢山のブナなど伐採をまぬがれた美しい森がある。東山稜では、奥大光山周辺で美しい樹木が見られる。

西山稜・猪ノ段付近のカエデ類の大木

西山稜・猪ノ段付近のカエデ類の大木

安倍峠から流れ出る安倍川源頭サカサ川のみごとなオオイタヤメイゲツの紅葉

安倍峠から流れ出る安倍川源頭サカサ川のみごとな
オオイタヤメイゲツの紅葉

奥大光山周辺の美しい樹木の中を行く楽しい縦走

奥大光山周辺の美しい樹木の中を行く楽しい縦走


●名瀑と地球の胎動を感じるスポット
安倍奥には観光スポットにもなっている名瀑があるので、登山後に立ち寄ってみるのもよいだろう。日本百名瀑に選定されている安倍の大滝は梅ヶ島温泉の手前から遊歩道があり、片道40分ほどで容易に見物できる。

安倍の大滝は落差約90mを誇る

安倍の大滝は落差約90mを誇る

紅葉に包まれる赤水の滝

紅葉に包まれる赤水の滝


ほか、地質的に安倍奥を特徴づける場所として、大谷崩れに触れておきたい。大谷嶺の南に広がる大谷崩れは、日本三大崩れに数えられ、非常に激しい大規模な崩壊地である。現在も崩壊が進んでおり、地球の胎動を感じられる場所ともいえる。通行は厳重注意で、下りでは後ろからの落石、登りでは石が崩れて先に進めないような箇所もあり焦りは禁物だ。

作品『崩れ』でこの大谷崩れを取り上げた作家・幸田文の記念碑が、登山口付近にある。

激しい崩壊により、岩屑が堆積する大谷崩れ

激しい崩壊により、岩屑が堆積する大谷崩れ


●温泉と日本の原風景
安倍奥には、梅ヶ島温泉、コンヤ温泉、そして口坂本温泉と3箇所の温泉地がある。とくに登山基地でもある梅ヶ島温泉には数多くの温泉旅館があり、下山後の疲れを癒やすのに最適だ。青笹山の西側に位置する有東木(うとうぎ)地区は日本のワサビ栽培の発祥地といわれており、ワサビ田と茶畑の日本の原風景とも呼べる景観が広がっている。これら温泉や山村も、安倍奥の魅力の一つである。

山に囲まれた梅ヶ島温泉

山に囲まれた梅ヶ島温泉

有東木の集落

有東木の集落

 

最後に

このように、安倍奥にはたくさんの魅力にあふれた山と里が広がっており、岳人のみならず、観光も兼ねて一度は訪問する価値のある山域だろう。ベストシーズンは新緑とシロヤシオツツジの5月、そして秋の紅葉シーズンだ。ただし、晴れてこそすばらしい山域なので、天気には十分気を配りたい。

ちなみに、これまで三回にわたって「もう一つの南アルプス」と題して、白峰南峰、南アルプス深南部、そして安倍奥を紹介してきた。これまでとほぼ同じ内容を、以下の動画でご覧頂くことができる。前半、後半の2部編成だが、後半の最後にはこれら踏み跡の不明瞭な山域を歩く時のヒントも解説しているので、一度ご覧頂ければ何らかの収穫はあると思う。

「もう一つの南アルプス」
前編:https://www.youtube.com/watch?v=Sv4Zt5-e7Cs&t=321s
後編:https://www.youtube.com/watch?v=sqTbnD7zTVY&t=1142s

プロフィール

岸田 明(きしだ・あきら)

東京都生まれ。中学時代からワンゲルで自然に親しんできた。南アルプス南部専門家を自認し、今までに当山域に500日以上入山。著書に『ヤマケイアルペンガイド南アルプス』(共著・山と溪谷社)、『山と高原地図 塩見・赤石・聖岳』(共著・昭文社)のほか、雑誌『山と溪谷』に多数寄稿。ブログ『南アルプス南部調査人』を発信中。

奥深き南アルプス南部の魅力

南アルプス南部は、北部と比較してさらに山深く、簡単にはいけない反面、独特の魅力にあふれている。季節、エリアなど色々な切り口で、南アルプス南部の魅力を取り上げよう。

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