「もう一つの南アルプス」 深南部――。奥深き、静かなる山域

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南アルプスは、甲斐駒ヶ岳に始まり北岳を含む白峰三山、塩見岳、荒川・赤石・聖岳を経て光岳まで連なる長大な山脈である。この長大な山脈と稜線がつながった、すばらしい山域が存在する。「もう一つの南アルプス」と題して、前回の白峰南嶺に続き、今回はそのうちの一つ、南アルプス深南部について紹介しよう。

写真・文=岸田 明

光岳の光石から見る深南部・西山稜の中ノ尾根山から前黒法師岳へ続く山並み

光岳の光石から見る深南部・西山稜の、
中ノ尾根山から前黒法師岳へ続く山並み

 

南アルプス深南部の概要

深南部とは、光岳(てかりだけ)を盟主とする、大井川の支流・寸又川とさらにその支流の大間川を取り囲む山域を指す。百名山の光岳が北に控え、その南方に二百名山の大無間山池口岳、三百名山では黒法師岳高塚山、ほか浜松市の最高峰中ノ尾根山などが連なっている。数々の名山と手つかずの自然が残り、多くの岳人にとって憧れの桃源郷とも呼べる山域である。

また光岳の南斜面は本州唯一の原生自然環境保全地域に指定され、植物の垂直変化が顕著に観察できる山域と言われている。

深南部の概略図

深南部の概略図

⇒ヤマタイムで付近の地図を見る

この山域の特徴としては、以下の3つが挙げられる。
①手つかずの自然が残っており、本州唯一の原生自然環境保全地域を例として草木の種類が多彩
②踏跡がない、または薄く、読図・地形を判断する能力が必須
③小屋はなく、幕営装備と水の担ぎ上げが必要

また、いずれの山も登山口は都市圏から遠くアクセスに時間がかかるが、逆にそれがこの山域の静かさを保っている理由の一つであろう。

寸又川最奥の千頭山中腹の展望台から見た光岳(左)と百俣沢の頭(右)。光岳の南斜面は原生自然環境保全地域となっている

寸又川最奥の千頭山中腹の展望台から見た
光岳(左)と百俣沢の頭(右)。
光岳の南斜面は原生自然環境保全地域となっている

 

独特な雰囲気を醸し出す役者たち

この山域の独特な雰囲気を醸し出している主役をあげるならば、シロヤシオツツジと大木のカエデ類であろう。シロヤシオツツジは多くの山で見ることができるが、特に黒法師岳山頂直下は一面のシロヤシオツツジの森になっており、みごとだ。

三ツ合山周辺のシロヤシオとカエデ。奥は前黒法師岳

三ツ合山周辺のシロヤシオとカエデ。
奥は前黒法師岳


そして共演者として、イワカガミ。大無間山の山頂部は、シーズンには広大なお花畑になる。ただし大無間山は難易度が非常に高い。比較的アクセスのよい場所としては、前黒法師岳登山道の白ガレの頭周辺にもイワカガミの大群落がある。

登山道脇を彩るイワカガミ

登山道脇を彩るイワカガミ


最後に重要な脇役が、笹だ。深南部には、あちこちに広大な笹原が広がっている。山深いエリアの山上に展開する解放感あふれる笹原は、独特の雰囲気を持って登山者を迎えてくれる。ただし、ひとたび視界が悪くなるとルートを見失いやすい場所でもあるので、注意が必要である。

丸盆岳のカモシカ平の笹原。その先に見えるのは黒法師岳(左)とバラ谷の頭(奥)

丸盆岳のカモシカ平の笹原。その先に見えるのは
黒法師岳(左)とバラ谷の頭(奥)

 

東山稜の山

大井川と寸又川に挟まれたエリアにあたる。主な山は大無間山と大根沢山だが、知名度としても大無間山が唯一無二の存在で、南アルプスにおいて最難の山の一つ。山頂部は長大で、横断するだけでも3時間以上かかる。かつては田代から鋸歯経由で小無間山から山頂を目指すのが一般的であったが、近年鋸歯の崩壊が激しく、非常に危険である。

筆者としては危険箇所の少ない大井川側の明神沢からか、あるいはルートファインディングが難しく行程も長いが、寸又峡温泉からのアプローチをおすすめしている。

静岡市から井川地区への県道の富士見峠から見た大無間山(中央)

静岡市から井川地区への県道の
富士見峠から見た大無間山(中央)

 

西山稜の山

光岳の南西、寸又側の西側に連なる西山稜は、池口岳、中ノ尾根山、黒法師岳と高塚山などがあるが、二百名山の池口岳以外、入山者は極めて少ない。長野県の遠山郷や静岡県北部の水窪から登ることとなるが、アクセスが悪く入山者も少ないので、最も静かな山域である。

また笹の深い箇所があり、踏跡は不明瞭かあるいは全くない状態で、獣道が縦横無尽に走っている。山小屋はなく、稜線の水場も少ないので、縦走は麓からの水の担ぎ上げを伴う幕営山行となる。

光岳山頂部から光石の向こうに見る、池口岳(右)から中ノ尾根山への稜線

光岳山頂部から光石の向こうに見る、
池口岳(右)から中ノ尾根山への稜線


光岳と池口岳の中間にある加加森山は、南の稜線に気持ちのよい原っぱが広がっている。ただし山頂部が広く、ルートファインディングに注力が必要だ。二百名山の池口岳は南アルプスでは珍しい双耳峰で、麓から登山道が開かれている。中ノ尾根山は、中華鍋をひっくり返したような形の山頂部で、どこからでも山座同定できる。ただし、現在アクセス路の林道が崩壊しており、入山はできない。

池口岳山頂直下より見た加加森山

池口岳山頂直下より見た加加森山

深い笹に覆われた中ノ尾根山

深い笹に覆われた中ノ尾根山


中ノ尾根山の南側稜線は、丸盆岳、黒法師岳、バラ谷の頭などに続いている。丸盆岳は、前掲写真のように笹原の美しい山である。黒法師岳は文字通り、真っ黒い円錐形の山。その特徴的な姿から、遠州灘航海の目印とされていたと伝えられている。

バラ谷の頭から北方の展望。黒法師岳、丸盆岳、不動岳と続き、遠くに池口岳、加加森山や南アルプス主脈も見える

バラ谷の頭から北方の展望。
黒法師岳、丸盆岳、不動岳と続き、
遠くに池口岳、加加森山や南アルプス主脈も見える

前黒法師岳と黒法師岳中間部のヘリポート跡から見た、シロヤシオツツジと黒法師岳

前黒法師岳と黒法師岳中間部のヘリポート跡から
見た、シロヤシオツツジと黒法師岳

 

寸又峡周辺の山

観光地としても知られる、西山稜最南端の寸又峡の周辺は、深南部のほかの山域に比べると比較的アクセスがよく、手軽に登れる山もあるので、登山者の姿を見かける事もある。

沢口山、前黒法師岳、朝日岳を合わせて寸又三山と呼ぶが、そのうち沢口山は往復5時間程度で登れる、林相と展望に優れた山だ。沢口山の主・ミズナラの大木は残念ながらナラ枯れにより枯死してしまったが、それ以外でも林立する大木や山頂の大展望が待っているおすすめの山である。

沢口山の主・ミズナラの大木(ナラ枯れにより枯死)

沢口山の主・ミズナラの大木
(ナラ枯れにより枯死)


沢口山の南西にある高塚山と登山口の山犬段付近も、大木のカエデ類やブナなど生い茂る樹木が豊かな稜線が続くが、残念ながら現在はアクセス路が通行止めとなっている。その雰囲気を味わうなら、高塚山に向かうルート付近にある大札山でも十分かもしれない。

大札山山頂部のアカヤシオツツジと、遠くに黒法師岳、前黒法師岳、大無間山。はるか遠くに雪を被った主脈の山々

大札山山頂部のアカヤシオツツジと、
遠くに黒法師岳、前黒法師岳、大無間山。
はるか遠くに雪を被った主脈の山々

 

最後に

以上、深南部の山々とその魅力をご紹介したが、深南部は山域が広くてアプローチが長く、踏跡がない所も多い。前回紹介した白峰南嶺以上に、全てにおいて自己完結できる登山能力を備えたエキスパートのみが入山できる山域である。

ただし寸又峡周辺の沢口山と大札山は、比較的手軽に登れる山なので、深南部の雰囲気の一端を味わうのに登ってみるのもよいだろう。

 

プロフィール

岸田 明(きしだ・あきら)

東京都生まれ。中学時代からワンゲルで自然に親しんできた。南アルプス南部専門家を自認し、今までに当山域に500日以上入山。著書に『ヤマケイアルペンガイド南アルプス』(共著・山と溪谷社)、『山と高原地図 塩見・赤石・聖岳』(共著・昭文社)のほか、雑誌『山と溪谷』に多数寄稿。ブログ『南アルプス南部調査人』を発信中。

奥深き南アルプス南部の魅力

南アルプス南部は、北部と比較してさらに山深く、簡単にはいけない反面、独特の魅力にあふれている。季節、エリアなど色々な切り口で、南アルプス南部の魅力を取り上げよう。

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