南アルプス南部の急登登山道はどこ?【後編】
誰もが気になる日本三大急登や北アルプス三大急登――。前編 では南アルプス南部の三大急登について主として紹介した。今回は、惜しくも3位に入らなかった急登の登山道をメインにご紹介しよう。
写真・文=岸田 明
光岳(てかりだけ)/易老渡~易老岳
標高差:1490m 地図上の勾配(度):20.0度
光岳は南アルプス主脈最南端の山で、長野県側の易老渡からのコースが一般的だ。急登なのは、そのうち易老渡から易老岳の区間。きつさからいうと前編の南アルプス南部三大急登で第2位だった聖岳の西沢渡~薊畑へのコースと双璧をなすが、幸いなことに途中にある面平は文字通り平らでユックリと休むことができ、この区間の平均勾配を下げている。
面平はサワラの大木が林立する神社の境内のような場所で、雰囲気の素晴らしさは南アルプス随一だ。易老渡から光岳小屋まで一日で歩くわけだが、易老岳から光岳までは一度鞍部に下り再度400m登るので、一日の行程としては南アルプス南部でも屈指の厳しさだろう。
真ん中の尾根が易老岳への急登登山道。
光岳の右に加加森山と池口岳
下画像は、展望をカシミール3Dによって筆者が再現したもの。赤い線はGPSログである(以下同)。登山道は尾根直登。面平は平らな窪地で光岳側にあるため、見えていない。また易老岳の手前に顕著な三角点のピークがあるので、合わせて全区間での平均勾配をやや緩くしている。
深南部 朝日岳/猿並吊橋~朝日岳
標高差:1396m 地図上の勾配(度):21.4度
南アルプス南部のさらに南、深南部の寸又峡にある朝日岳へも急登の登山道がある。登山口からの急登の後、ツツジの美しい中間部を経て、山頂は灌木につかまりながらのよじ登りだ。展望箇所も少なく、実のところ結果的に、この山域では筆者が登っている回数の最も少ない山となっている。
朝日岳は山頂直下にガレがあり、南からであればひと目で山座同定ができる。写真では山腹に光岳へ通じる寸又川左岸林道が横断して見えるが、現在は崩落が非常に激しく通行不能である。
廃林道横断点から見た朝日岳
続き、最後は尾根筋の直登だ
南アルプス南部の急登比較まとめ
前編で紹介した南アルプス南部の三大急登も合わせて、以下の通りまとめた。朝日岳は、深南部ということで最下部に配してある。
他にもある?急登の登山道
以上が南アルプス南部の急登ランキングだが、他にも誰もが気にしている急登がある。例えば南アルプスでいえば、白峰三山縦走で多くの人が下る大門沢ルートではないだろうか。このルートは確かに急だが主要ポイント間だと大門沢小屋~東農鳥岳の区間になり、標高差1308m、平均勾配20.2度で南部の他の急登よりは緩くなる。ただし、皆が音を上げるトラバース終了地点から大門沢下降点間に限ると28.6度なので、その急勾配ぶりが納得できる。残念ながら標高差が788mしかないので、今回の比較からは外している。
その他南アルプスではダークホースがいて、それは広河原から鳳凰山近くの高嶺に登るコースで、標高差1206m、平均勾配23.3度ある。北アルプスのダークホースは奥穂高岳に岐阜県側から登る白出沢のコースだ。白出小屋から穂高岳山荘の区間は、標高差1438mで平均勾配21.6度ある。
ちなみに富士山はどうだろう。富士山は交通手段を使って五合目まで登れるので比較的楽ではあるが、4本ある登山道の中で一番急なのは富士宮口登山道。富士宮口~剣ヶ峰の区間で標高差1391m、平均勾配20.2度あり、厳しさからいえばアルプス級ということになる。標高差では御殿場口登山道が他と大きく差をつけ、御殿場口~銀明水の区間で標高差2332m、平均勾配15.0度あり黒戸尾根とほぼ等しい長い登りである。
急勾配の道こそ、登りに利用するべき
以上、南アルプスを中心として急登の比較をしたが、他の山域でも急登ランキングに登場すべき尾根はあると思う。結局のところ、日本三大急登とは勾配の数値比較の結果ではなく、多くの登山者が登るコースで、勾配や標高差に関して強い印象が残る登り、が選ばれているということになると思う。
さて最後にひと言、急登といわれる尾根は、辛そうなので登り方向を敬遠しがちだが、実は急勾配の道は、下りよりも登りに利用すべき道である。人間の筋肉は登りには慣れているが下りには慣れておらず、疲労度は膝への負担を含めて登りの方が少ないのだ。また一般登山道であれば、急登であればあるほど単位時間あたりに稼げる標高差は大きい。そしてなによりも滑落の危険性をはらむ急勾配のコースでは、辛くても登りの方が重大事故に至る可能性が低いということも、重要なことである。
※本記事で掲載した3D鳥瞰図は、DAN杉本氏によるカシミール3Dを利用して作成した。
プロフィール
岸田 明(きしだ・あきら)
東京都生まれ。中学時代からワンゲルで自然に親しんできた。南アルプス南部専門家を自認し、今までに当山域に500日以上入山。著書に『ヤマケイアルペンガイド南アルプス』(共著・山と溪谷社)、『山と高原地図 塩見・赤石・聖岳』(共著・昭文社)のほか、雑誌『山と溪谷』に多数寄稿。ブログ『南アルプス南部調査人』を発信中。
奥深き南アルプス南部の魅力
南アルプス南部は、北部と比較してさらに山深く、簡単にはいけない反面、独特の魅力にあふれている。季節、エリアなど色々な切り口で、南アルプス南部の魅力を取り上げよう。