南アルプス南部の急登登山道はどこ?【前編】
「日本三大急登」、「北アルプス三大急登」という呼び名は、山に登っている人であれば聞いたことがあるだろう。日本三大急登には南アルプスの尾根が含まれており、南アルプス南部を主に歩いている筆者としては、実際の所どうなのか非常に気になるところだ。そこで今回、南アルプス南部の急登と思われる区間の急登度を調べてみた。
写真・文=岸田 明
日本三大急登と北アルプス三大急登
日本三大急登
まずはじめに、日本三大急登と北アルプス三大急登を見てみよう。日本三大急登とは、北アルプス裏銀座の烏帽子岳に登るブナ立尾根、谷川岳に直登する西黒尾根、南アルプス北部の甲斐駒ヶ岳に登る黒戸尾根と言われている。今回は国土地理院の地図を参照し、一般ルートを対象として、標高差1000m以上ある尾根で比較した。また尾根の一部区間を切り出すのではなく、小屋など主要ポイント間の勾配に着目して調べた。
下図からわかる通り、ブナ立尾根の勾配は23度なので、確かに急登だ。黒戸尾根はさほど急勾配ではないのだが、標高差が2200m以上もあるので、急登と呼ばれるにふさわしい尾根である。
北アルプス三大急登
北アルプス三大急登だが、前述のブナ立尾根は引き続きトップ。続く燕岳に登る合戦尾根も確かに急だ。ただ、適当な場所に休憩ベンチがあり比較的疲れ少なく燕山荘に着くことができるので、北アルプスの入門コースとしてよく登られている。日本海側の麓から剱岳に登る早月尾根は、標高差から見ても南アルプスの黒戸尾根と双璧をなす長大な尾根である。
南アルプス南部三大急登
次に、筆者のよく歩いている南アルプス南部の急登を見てみよう。ここでも一般ルートを対象とし、標高差1000m以上ある尾根で比較した。ただし主稜線からの下降点なども主要ポイントとして調べた。というのも南アルプス南部の主要な山では、登山口から山頂の標高差はほぼ2000mあり、標高差では全て甲斐駒ヶ岳の黒戸尾根級になってしまうからだ。それでは、第3位から紹介しよう(それぞれ、地点がわかりやすいよう山名を添えた)。
第3位 茶臼岳/ウソッコ沢小屋~茶臼小屋
標高差:1237m 地図上の勾配(度):21.9度
南アルプス南部の中でも、アクセスのよさから年間を通して多くの登山者が訪れる茶臼岳。ウソッコ沢小屋から茶臼小屋までの区間が第3位にランクイン。横窪沢小屋で一度標高を下げるが、部分的な勾配からすると実は一番急かもしれない。幸いウソッコ沢小屋と横窪沢小屋の2つの避難小屋があるので、一気に茶臼小屋まで登ろうと考えず、この2つの小屋の利用を考えるのがよい。
中央右のピークが茶臼岳で、
右の鞍部の草付きに茶臼小屋がある。左奥は光岳
2枚目画像は、展望をカシミール3Dによって筆者が再現したもの。赤い線はGPSログである(以下同様)。ウソッコ沢小屋は中ノ段の下で、横窪沢小屋は手前の尾根に隠れて見えない。
第2位 聖岳/西沢渡~薊畑
標高差:1326m 地図上の勾配(度):22.4度
第2位は、聖岳の長野県側・西沢渡からの登山道。西沢渡からの登りは、途中の苔平までは息をつかせぬ急登が続くが、樹木の美しさは南アルプスの中でもトップクラスだ。
実は南アルプスを形造っている川のうち、静岡県側を流れる大井川の標高が高く、長野や山梨県側の方が低い。すなわち、同じ山頂に立つにも、静岡県側からよりも周囲の県から登る方が標高差が大きくなるというわけだ。
奥に干支の山・兎岳と遠くに中央アルプスが見える
苔平までは急登の連続だ
第1位 笊ヶ岳/広河原~布引山
標高差:1693m 地図上の勾配(度):23.9度
栄えある第1位はグレートトラバースの田中陽希さんもキツイと仰っていた笊ヶ岳の、山梨側の広河原から布引山までの区間だ。平均勾配23.9度、そして標高差も1693mと北アルプスのブナ立尾根以上である。笊ヶ岳は標高2629mで、山頂がようやく森林限界上に頭を覗かせる程度の山頂高度だが、実は南アルプス南部で最も厳しい山の一つなのだ。
布引山(左)と双耳峰の笊ヶ岳。
奥に悪沢岳が見える
取付点の広河原は谷筋で見えない。檜横手山は目立たないピークだが、2021年に注目を集めた西暦と同じ標高の山で、この付近だけ勾配がやや緩くなる。
布引山経由になっている
南アルプス南部の三大急登1~3位まとめ
※本記事で掲載した3D鳥瞰図は、DAN杉本氏によるカシミール3Dを利用して作成した。
プロフィール
岸田 明(きしだ・あきら)
東京都生まれ。中学時代からワンゲルで自然に親しんできた。南アルプス南部専門家を自認し、今までに当山域に500日以上入山。著書に『ヤマケイアルペンガイド南アルプス』(共著・山と溪谷社)、『山と高原地図 塩見・赤石・聖岳』(共著・昭文社)のほか、雑誌『山と溪谷』に多数寄稿。ブログ『南アルプス南部調査人』を発信中。
奥深き南アルプス南部の魅力
南アルプス南部は、北部と比較してさらに山深く、簡単にはいけない反面、独特の魅力にあふれている。季節、エリアなど色々な切り口で、南アルプス南部の魅力を取り上げよう。