ルポ・南八ヶ岳の岩稜を一気に縦走。赤岳〜横岳〜硫黄岳

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雑誌『山と溪谷』2023年9月号の「特集 八ヶ岳 山と山小屋」から、南八ヶ岳の縦走ルポを紹介。赤岳から硫黄岳の稜線は、南八ヶ岳を代表する王道の岩稜ルート。スリリングな岩登りや大展望だけでなく、美しい高山植物も堪能できる。そんな贅沢なルートにチャレンジしてきた。

文=中島英摩、写真=花岡 凌


取材を計画したのは梅雨まっただ中の6月下旬、毎日の天気予報に翻弄される季節だ。一度は雨天で諦めたが、梅雨の晴れ間のわずかなチャンスにかけて現地へ向かった。山麓は霧が濃く八ヶ岳の姿はまったく見えなかったが、登山口の駐車場に着く頃には頭上は青空に変わっていた。今回は、以前に八ヶ岳山荘で小屋番をしていたという花岡カメラマンとの2人の山行。私も現役で八ヶ岳の小屋を手伝っていて、お互い勝手知ったる山域だ。しかし、赤(あか)岳鉱泉を基点に南八ヶ岳の岩稜をラウンドする王道コースを改めて歩くのはなんだか新鮮だった。

美濃戸(みのと)山荘から赤岳鉱泉までの北沢では、まだ天気も気分も上々。初夏の新緑が映える明るい森に心が弾む。山小屋泊の軽快な装備で足取りも軽く、早々に赤岳鉱泉に着いた。

ルポ・南八ヶ岳の岩稜を一気に縦走
丁寧に整備された、ゆるやかな歩きやすい北沢ルート
ルポ・南八ヶ岳の岩稜を一気に縦走
赤岳登山や南八ヶ岳縦走の拠点として賑わう赤岳鉱泉

「一気に行っちゃいますか!」

まだ空は青い。迫力たっぷりの大同心(だいどうしん)稜も見えている。初日は赤岳鉱泉まで登るだけでもよいが、変わりやすい梅雨空は、明日が晴れるとは限らない。稜線での青空を狙うべく、赤岳に行ってみることにした。赤岳鉱泉も行者(ぎょうじゃ)小屋も所狭しとテントが並んでいる。そんなところにも? と驚くような場所にも張ってある。前夜は相当賑わったようだ。今年は雪解けが早く、6月にはすっかり稜線の雪が解けて、もうすでに夏山シーズンが始まっていた。

ルポ・南八ヶ岳の岩稜を一気に縦走
いつかは登ってみたい大同心稜

初日は文三郎(ぶんざぶろう)尾根を選んだ。地蔵(じぞう)尾根か文三郎尾根か、初めて赤岳に登るならどちらを登りに使うか悩む人が多いだろう。どちらも森林限界から先は険しい道のりだが、文三郎尾根は山頂へダイレクトに向かう最短ルートで、私は文三郎尾根の中岳分岐から望むダイナミックな赤岳が好きだ。

イワカガミが咲き乱れる森から急峻な連続階段を抜け、森林限界を迎える頃には山麓からもくもくと雲が湧いてきた。阿弥陀(あみだ)岳の山肌に人が点々と列を成しているのを横目に、核心部の岩場をよじ登っていく。さすが登山者の多い人気コース、すれ違いが多く岩壁で何度も足を止めることになった。あぁ、もどかしい。雲は待ってくれない。山頂に出ると、朝の青空はどこへやら・・・すっかり雲に覆われて眺望はなし。しばし待ってみたが、晴れる見込みもなさそうだ。がっくり肩を落として足早に小屋へ戻った。

ルポ・南八ヶ岳の岩稜を一気に縦走
赤岳の名に由来する赤褐色の岩は、酸化鉄によるものらしい
ルポ・南八ヶ岳の岩稜を一気に縦走
急な登りの脇に咲くイワカガミが登山者を励ましてくれる
ルポ・南八ヶ岳の岩稜を一気に縦走
小屋泊の利点を活かして赤岳を2度も登った

夕方に天気予報をチェックすると、どうやら明日午前中はわるくなさそうだ。きっと「朝は晴れているが次第に雲が上がってくる」、今日と同じパターンかもしれない。ならば思い切って早朝に再アタックしてみよう。赤岳鉱泉の風呂で汗を流し、夕飯をたらふく食べて、体力の回復を図る。山に来ると夜更かし気味な普段よりもずっと健康的な生活になるのが可笑しい。

2日目、前夜に頼んでおいた朝食のお弁当を持って暗いうちに小屋を出る。ヘッドランプを点け、注意深く樹林帯を歩く。ナイトハイクもわるくない。地蔵ノ頭から山頂までの開けた稜線で朝焼けに出会えるかもしれないと願って、今度は地蔵尾根を選んだ。強風と共に雲が流れ、次第にあたり一面が雲海となっていく。山頂まであと数百メートル、何か聞こえると思えば、てっぺんで山岳部らしき学生達が肩を組んで校歌を熱唱している。なんだか古い映画でも見ているような光景だったが、歓喜するのももっとも、再アタックの甲斐あって南アルプスや富士山まで見渡せる絶景が広がっていた。

朝から幸先がいい、今日は縦走日和になりそうだ。目に映るのは、昨日は雲に隠れていた北へ延びる八ヶ岳の主脈。これから歩く道筋が遠くまで見えるとたまらなく胸が躍る。山頂をピストンするだけの登山では味わえない、縦走の醍醐味だ。朝早い時間は人も少なく、ほとんど独り占め状態。何度も歩いたことのある道なのに、赤岳、中(なか)岳、阿弥陀岳が横一列に並ぶ力強い山容は、ついつい振り返って同じような写真を何枚も撮ってしまう。

初夏の八ヶ岳は花を見にくる人も少なくない。横(よこ)岳は岩稜だけでなく、花の名山でもある。必ずと言っていいほどすれ違いで「あの花は見たか」と聞かれる。希少なツクモグサなどはその代表格で、わざわざそれを狙って横岳に足を運ぶ人もいる。この日は赤岳天望(てんぼう)荘のそばにウルップソウが咲いていたのを写真に収めたものの、久しぶりの晴れた岩稜歩きに夢中になり、気づけば奥ノ院まで辿り着いていた。

最後のピーク、硫黄(いおう)岳までなんとか天気は持ちこたえてくれた。荷上げヘリが低い雲から飛び出してきて、小屋へ荷物を上げている。5回ほど往復していただろうか、登山者だけでなく山で働く者にとっても貴重な晴れ間だった。八ヶ岳きっての名ルート、これからの夏山シーズンもきっと盛況に違いない。

(取材日=2023年6月25~26日)

ルポ・南八ヶ岳の岩稜を一気に縦走
横岳は岩稜の険しさと花の美しさの2つの顔をもつ
ルポ・南八ヶ岳の岩稜を一気に縦走
可愛らしい山頂標識はどこの画伯が描いたものだろうか
ルポ・南八ヶ岳の岩稜を一気に縦走
午後になると夏らしい雲が次第に高く発達していく
ルポ・南八ヶ岳の岩稜を一気に縦走
大きなケルンを辿りながら、最後のピークへ
ルポ・南八ヶ岳の岩稜を一気に縦走
硫黄岳の東側には象徴的な「爆裂火口」が見られる
ルポ・南八ヶ岳の岩稜を一気に縦走
天狗岳へ続く八ヶ岳縦走路を眺めて次の山行計画を練る

コースガイド

赤岳~横岳~硫黄岳(1泊2日)

美濃戸口⇒北沢コース⇒赤岳⇒赤岳鉱泉(泊)
⇒赤岳⇒横岳⇒硫黄岳⇒赤岳鉱泉⇒美濃戸口

コース上には今回宿泊した赤岳鉱泉のほかにも小屋が点在していて安心感があり、多くの登山者が訪れる。
赤岳鉱泉や行者小屋から登ると文三郎尾根・地蔵尾根ともに急峻で、登りも下りも充分に注意して歩きたい。赤岳の山頂直下は週末には登山者が多く、登山道でのすれ違いに時間を要することも少なくない。ロングコースなので早出に心がけ、不要な荷物は小屋に置いていくとよい。
また、縦走路上の岩稜は雨が降ると岩が濡れて滑りやすい。岩稜歩きに慣れていないなら悪天時は無理せず慎重な判断を。横岳は日ノ(ひの)岳、鉾(ほこ)岳、石尊(せきそん)峰、三叉(さんじゃ)峰、奥ノ院など岩峰が連なり、鎖やハシゴが連続する。硫黄岳は広大な斜面で、視界がわるいときにはケルンを目印にするとよい。

●参考コースタイム
1日目:計7時間50分、2日目:計10時間5分

●アクセス
[公共交通機関]往復 JR中央本線茅野駅(バス40分、1500円、アルピコ交通 TEL:0266-72-2151)美濃戸口
[マイカー利用]美濃戸口に八ヶ岳山荘駐車場(40台、1日500円、山荘で受付)、一段下に蓼科観光駐車場(120台、1日500円、駐車場入口事務所で受付)あり。

●問合せ先
赤岳鉱泉
TEL:090-4824-9986
https://www.akadakekousen.jp/

ヤマタイムで地図を見る

山と溪谷2023年9月号より転載)

関連リンク

この記事に登場する山

長野県 山梨県 / 八ヶ岳

赤岳 標高 2,899m

 赤岳は八ヶ岳連峰の最高峰で、長野県茅野市、南佐久郡南牧村、山梨北巨摩郡大泉村(現・北杜市)との境に位置している。山頂は赤岳頂上山荘のある北峰と、一等三角点がある南峰とに、わずかな距離をおいて分かれている。北峰からは県界尾根が、南峰の南にある竜頭峰からは真教寺尾根が、ともに山梨県側へ延び、縦走路は南方はキレットを経て権現岳へ、北方は横岳へと連続し、西方は中岳を経て阿弥陀岳へのルートも通じている。  その山容は南麓の長坂方面から仰ぐと、ヨーロッパ・アルプスのアイガーに似て、勇壮そのものである。  近代登山の始まりについては別項で触れたが、それ以前の記録としては、明治26年(1893)に陸地測量部の館潔彦が一等三角点を赤岳に選点し、同28年には山崎直方が火山調査のために赤岳に登り、その成果は震災予防調査会報告として発表されている。  赤岳という山名は、酸化鉄による赤い岩肌からきたもので、早朝や夕映えの輝きはひときわ美しいものがある。  山梨側は山頂直下まで緑のハイマツ帯が迫り、諏訪側はイワツバメが舞う、赤岳西壁と呼ばれる岩場となっている。また、南峰から竜頭峰にかけては、鎖場のある鋭い岩稜が続く。  ひとたびその山頂に立てば展望は360度、本邦中央部の山岳をほとんど手中にできる。権現岳、阿弥陀岳、横岳、硫黄岳、天狗岳、蓼科山などの近景をはじめ、南・中央・北の各アルプスから上信越の山々、浅間山、奥秩父、富士山と、大パノラマが展開する。  赤岳は、かつて赤岳大神とも呼ばれて人々の信仰を集めていた。柳川南沢の源頭にあたる行者小屋は、昔、赤岳神社の社務所だった所で、夏期には行者が居住していたという。祭神は大山祗命(おおやまずみのみこと)とその娘、岩長姫命(いわながひめのみこと)である。  一般的な登路としては、諏訪側の美濃戸口から柳川南沢を登り行者小屋から地蔵尾根ルート5時間、同じく行者小屋から中岳経由5時間、清里から県界尾根ルート6時間30分、同真教寺尾根ルート6時間弱、縦走路は権現岳からキレットを経て2時間30分、硫黄岳から横岳を経て3時間強の行程である。また、中岳を経て阿弥陀岳への所要時間は1時間強である。美ノ森山との標高差は1356m、幕営指定地のある行者小屋とは550m、キレットとは440mの標高差がある。

長野県 / 八ヶ岳

横岳 標高 2,830m

横岳は長野県茅野市と同南佐久郡南牧村との境にあって、南北800mほどにおよぶ岩稜の連なりからなる山である。諏訪側、とりわけ柳川北沢上部からの眺めは、小同心、大同心の怪しい岩峰を擁した大岩壁の威容であり、佐久側からの峨々とした山容は赤岳の翼角のようにも見える。横岳は多くの峰塔で形成されており、最高点の奥ノ院、2829mが主峰である。そのほか、石尊大権現を祭る石尊峰、鉾岳、日の神を祭る日ノ岳、二十三夜峰など山岳宗教時代のなごりをとどめるものが連続し、三叉峰(さんじやほう)からは杣添尾根(そまぞえおね)が海ノ口高原へと下っている。最南端の二十三夜峰の南には地蔵尊の石の座像があって、地蔵尾根が行者小屋方向へと下っている。 眺望は赤岳とさして変わらないが、主峰、赤岳北面の雄姿は、八ヶ岳の代名詞ともいえよう。 コマクサ、タカネツメクサ、タカネシオガマ、イワオウギ、イブキジャコウソウ、トウヤクリンドウ、ミヤマダイコンソウ、ミヤマナデシコなど、稜線上に咲く高山植物は、比較的豊富である。 赤岳天望荘(旧赤岳石室)から横岳主峰までは1時間、硫黄岳から1時間30分、野辺山駅から杣添尾根を経て三叉峰までは7時間の行程である。 2019年1月、標高の改定により1m高くなり2830mとなった。具体的には、「奥の院」と呼ばれる場所が最高地点2830mとなり、これまで山頂とされてきた箇所は2826mとなっている。

長野県 / 八ヶ岳

硫黄岳 標高 2,760m

 南八ヶ岳の最北端に位置し、北面は夏沢峠へ深く落ち込んでいる。長野県茅野市と同南佐久郡南牧村の境にあって、北面に火山活動のなごりの巨大な火口壁を残している。南面は緩斜面の岩礫帯で、大ダルミの鞍部にかけてはキバナシャクナゲの自生地として有名で、コマクサ、ウルップソウなどの高嶺の花々が見られる。  眺望は中央・北アルプス、北八ヶ岳の山々、浅間山、奥秩父連峰、富士山、阿弥陀岳、赤岳、横岳など、多くの山々に恵まれている。  山名は火口から硫黄を産したことによるが、佐久地方では箕をかぶせたような山容から箕冠岳(みかぶりだけ)と呼んだ時代もあった。  本沢温泉から夏沢峠を経て2時間強、横岳から1時間、赤岳鉱泉から赤岩ノ頭経由で1時間30分、桜平からオーレン小屋を経て4時間強の行程である。

プロフィール

中島英摩(なかじま・えま)

ライター。趣味が高じてライターとなり、登山やトレイルランニングなどアウトドアアクティビティを中心に取材、執筆。取材の傍ら、国内外の縦走路やロングトレイルを歩く。

雑誌『山と溪谷』特集より

1930年創刊の登山雑誌『山と溪谷』の最新号から、秀逸な特集記事を抜粋してお届けします。

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