青紫色が美しい秋の花のカリガネソウ。その独特な花の形とある生きものとの特別な関係とは?

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文・写真=昆野安彦

カリガネソウはシソ科の多年草。花の形が水鳥の雁に似ていることからこの名前がつけられている。花期は8月~10月。日本では北海道から九州までの山地に自生するので、見たことのある方も多いだろう。

カリガネソウの花を訪れたオナガアゲハ。カリガネソウは、咲く花の種数の少ない秋に咲くシソ科の多年草で、さまざまな昆虫が花の蜜を目当てに訪れる
独特の形態をしたカリガネソウの花。花の中央から長い雌しべと雄しべが伸びているのが分かる。青い球状のものは蕾だ

この花の姿はとても変わっている。青紫色の花弁は5枚。2枚は上側、2枚は左右、残りの1枚は下側に配置されているが、花を上から覆うように長く伸びた雌しべと雄しべの有り様がとてもユニークだ。先端が二又になっているのが雌しべで、そのまわりを取り囲むのは黄色い花粉をつけた4本の雄しべだ。いったい、カリガネソウの花は何でこんな形をしているのだろう。

カリガネソウの花の構造。先端が二又に分かれているのが雌しべで、黄色い花粉をつけた雄しべは4本ある

受精するために他の個体の花粉を必要とする他家受粉の植物は、花粉の運搬をおもに昆虫に頼っている。こうした植物を虫媒花、花粉を運ぶ動物を送粉者(ポリネーターとも言う)と呼ぶが、虫媒花の植物は蜜を目当てに訪れた昆虫に効率よく花粉を運搬してもらうために、種ごとにさまざまな工夫を凝らしている。

この観点に立つと、カリガネソウの花のユニークな形は、送粉者のために進化した結果と推察できる。実際、この花を訪れる昆虫を観察すると、長く伸びた雌しべと雄しべが花粉の受け渡しにとても役立っていることが分かった。

最初に紹介する送粉者はマルハナバチだ。ハチの仲間は送粉者を代表する昆虫だが、カリガネソウにはマルハナバチの仲間が好んでこの花を訪れる。

カリガネソウの花を訪れたトラマルハナバチ。マルハナバチが花の奥の蜜を目当てに花弁にとまると背中に花粉が付着し、このハチが他の花にとまると、背中の花粉が雌しべに受け渡される仕組みになっている

私がカリガネソウで観察したのはトラマルハナバチだが、このハチが花の奥にある蜜を目当てに花に止まると、その重みで雌しべと雄しべが下側に曲がり、ハチの背中に効率よく花粉が付着する仕組みになっていた。この花粉を背中に付けられたハチが他の花を訪れると、背中の花粉が雌しべに移動して他家受粉が成立するという巧妙な仕組みになっているのである。

花弁にとまって蜜を吸うトラマルハナバチ。背中に雌しべと雄しべの先端が付着する様子がわかる

カリガネソウとマルハナバチのこの関係は以前から知ってはいたが、実際に現場で観察すると、まるで精巧にできた機械仕掛けのおもちゃのような花粉の受け渡しにとても感動したことを覚えている。

カリガネソウの花の独特の形態は、このようにマルハナバチのために進化した結果と思われるが、他にもさまざまな昆虫がこの花を訪れる。次に紹介するのはヒメクロホウジャクという蛾の一種だ。スズメガの仲間で、昼間に野鳥のハチドリのようにホバリングしながら、長い口吻で花の蜜を吸う習性で知られている。

この蛾もカリガネソウの自生地ではよく見かける送粉者だが、マルハナバチと違って花に止まることはないので、体の重みで花粉が体に付着するシステムはこの蛾には通用しない。長い口吻を差し込んで蜜を吸っている限り、送粉者としての役割はほとんど期待できないが、よく観察していると、時折、頭部を中心に体の一部が雌しべと雄しべに触れることがあり、ある程度は送粉者としての役割を果たしていることが分かった。

カリガネソウの花を訪れた蛾の仲間のヒメクロホウジャク。長い口吻を伸ばして蜜を吸うので送粉者としての効率は悪いが、頭部などに花粉が付く場合があり、その場合は送粉者として役立っている

なお、この記事の冒頭の写真のオナガアゲハの場合も長い口吻で蜜を吸うので送粉者としての役割は心もとないが、ヒメクロホウジャクと同様、体の一部に花粉がつくことがあり、ある程度は送粉者としての役割を果たしていると思われる。

最後に紹介するのはハナアブの仲間だ。ハナアブは一見するとハチに似ているが、ハエ目の昆虫で、ハチのように毒針で人を刺すことはない。私が観察したカリガネソウの自生地では体長7ミリほどの小さなハナアブが頻繁に花を訪れていた。もっとも、その目的は蜜ではなく、おもに花粉だ。ハナアブは雌しべや雄しべの先端にとまり、黄色い花粉を摂食するのである。

この場合も花粉だけを食べに来たのでは送粉者としての役割は心もとないが、よく観察していると花粉の付いた小さな体が雌しべに触れることがあり、マルハナバチほどではないものの、ある程度は送粉者としての役割を果たしていることが分かった。

カリガネソウの雌しべにとまり、花粉を食べているハナアブの一種。ハナアブの脚や頭部に付着した花粉が別の花の雌しべにつくと受精が行なわれる

昆虫たちのおかげで受精したカリガネソウは、秋の終わりになると萼の中に小さな種子が2~4個ほど結実するが、茶器に載せた和菓子のような風情があり、味わい深いものがある。

花弁が落ちたあとの萼の中に納まるカリガネソウの4個の若い種子。青紫色の花も味わい深いが、秋の風情を感じさせる和菓子のような種子の有り様にも心惹かれるものがある

はじめに書いたように、虫媒花は昆虫を呼ぶためにさまざまに工夫を凝らしている。もし、野外で昆虫の訪れている花を見かけたら、その花は昆虫を呼ぶためにどんな戦略をとっているのだろうかと、少し考えていただくと、皆さんの自然観察がさらに面白くなるだろうと思う。

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プロフィール

昆野安彦(こんの・やすひこ)

フリーナチュラリスト。日本の山と里山の自然観察と写真撮影を行なっている。著書に『大雪山自然観察ガイド』『大雪山・知床・阿寒の山』(ともに山と溪谷社)などがある

ホームページ
https://connoyasuhiko.blogspot.com/

山のいきものたち

フリーナチュラリストの昆野安彦さんが山で見つけた「旬な生きものたち」を発信するコラム。

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