ルポ・紀泉アルプス縦走。駅から山、山から駅へ【山と溪谷2023年12月号特集より】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

駅から登り、駅へと下りる、展望と修験の歴史が魅力の山脈を、関西のガイド・岡田敏昭さんと縦走した。『山と溪谷』2023年12月号の特集「全国駅からハイキング100」より、紀泉山脈のロングコースを歩いたルポを抜粋して紹介しよう。

文=辻 拓朗(山と溪谷編集部)、写真=加戸昭太郎

歩いた人
ルポ「休日は高川山へ」歩いた人
岡田敏昭(左)
おかだ・としあき/分県登山ガイド『大阪府の山』著者。連載「季節の山歩き」で関西の山を中心に執筆。日本山岳ガイド協会認定登山ガイド、大台ヶ原登録ガイド。ダジャレを連発し、辻を悩ませる。

辻 拓朗(右)
つじ・たくろう/入社2年目(取材当時)の編集部員。岡田さんが解説のなかで、時折はさんでくる小ボケに対して、ツッコミできなかったことを後悔している。今回の取材で修験に興味をもった。

朝6時に大阪・難波の宿を出発し、南海なんば駅から南海本線に乗り込んだ。まどろみながら、車窓からときどき見える大阪湾を眺めていると、やがて電車は海沿いを離れて山あいを走るようになり、すぐに孝子(きょうし)駅に着いた。3月中旬のまだまだ冷たい朝の空気に眠気が吹き飛ぶ。南海本線はこのすぐ先で、府県境の紀泉(きせん)アルプスをトンネルで横断して、和歌山県に入る。トンネル直前の孝子駅は、すぐに紀泉山脈の主稜線に上がれる駅なのだ。

今回は孝子からJR阪和線山中渓(やまなかだに)駅まで紀泉アルプスの西部を縦走する。最高標高は雲山峰(うんざんぽう)の490mだが、いくつもの峠を越えるロングコース。ゴールの山中渓駅を通るJR阪和線も南海本線と同じく紀泉山脈を横断し、和歌山に入る直前の駅が山中渓になる。この山脈を横断する2路線の間の稜線を今回は歩く。

駅で今回のガイド役である岡田さんと合流して出発。高仙寺の階段の上には役行者(えんのぎょうじゃ)像とその母の墓があった。岡田さんが解説をしてくれる。「孝子は〈孝行の子〉と書きます。諸説ありますが、これは修験の祖・役行者のこととも言われています。彼が妖術で民を惑わすとして、朝廷が彼を捕えようとしましたが、まったく捕まらない。そこで朝廷は彼の母親を人質にとったため、役行者は自ら捕まりにいった。そんな伝説があります」

山行の出発地、南海本線孝子駅。朝の日差しが心地よかった
山行の出発地、南海本線孝子駅。朝の日差しが心地よかった
門をくぐり、階段を上がって高仙寺本堂へ
門をくぐり、階段を上がって高仙寺本堂へ

高仙寺の先から登山道となり、樹林帯の急な坂道を上がっていく。両脇は照葉樹で青々と葉をつけている。備長炭の原料になるウバメガシの木だという。備長炭の発祥は紀伊国(きいのくに)、つまり今の和歌山なんだとか。

急登の先で山城があったという高野(たかの)山、さらに藤戸(ふじと)山を通過。すでに3つ目のピークとなる飯盛(いいもり)山に到着した。展望デッキからは、北側に大阪湾に浮かぶ関西空港や淡路島、対岸に大きな六甲の山影が見えた。

「春になると関西には3つの粉が飛ぶから、景色が霞んじゃうんです。怪しい粉じゃないですよ。花粉、黄砂、PM2・5のこと。冬ならもっとはっきり見えるんですよ」
岡田さんがユーモアを交じえて解説してくれる。

最初のピーク高野山までは急登。道端にはウバメガシが生えている
最初のピーク高野山までは急登。道端にはウバメガシが生えている
飯盛山の手前で千間寺跡に立ち寄る。現在は井戸のみが残る
飯盛山の手前で千間寺跡に立ち寄る。現在は井戸のみが残る
飯盛山山頂の祠。葛城修験の山であることがわかる
飯盛山山頂の祠。葛城修験の山であることがわかる

飯盛山からまた稜線上を歩いて1時間ほどで札立(ふだたて)山に到着。今度は南側、和歌山方面が開けている。ベンチでの休憩中、岡田さんが札立山の由来を話してくれた。

「大阪の堂島(どうじま)というところに江戸時代から米市場がありました。そこの相場が全国の米相場の基準になっていたんです。それで、毎日堂島で決まった米相場を全国に伝えたんですが、通信機器もない時代、どうやったか。2kmくらいの間隔で山の上に人が立って旗を振ったんです。旗信号を受け取った人が、また次の山に向かって旗信号で伝える。そうして半日ほどあれば全国に相場が伝わったとか。名前に旗とか振とか札とかがつく山は、そうした山であることが多く、ここもそういう山です」

札立山の手前。細かいアップダウンは足にきた
札立山の手前。細かいアップダウンは足にきた
札立山のベンチで一休みしながら、山名の由来を岡田さんから聞く
札立山のベンチで一休みしながら、山名の由来を岡田さんから聞く

さらにアップダウンを繰り返し、平坦な山頂が広がる大福(だいふく)山に着いたのは12時過ぎ。「大福山で食べるならこれでしょ」と岡田さんが取り出したのは大福! くだらないシャレに肩の力が抜けて、リラックスして休憩できた。

「ここは葛城(かつらぎ)修験の第3経塚が埋まっているとされています。役行者が法華経8巻28品を紀泉・葛城の山中各地に埋納したんです。山脈西端の友ヶ島が1番、それから東に向かって28まであって、ここは3番目ということ。修験の山として有名な金剛山や和泉葛城山にも経塚があります。実は、第3経塚も明確な位置は、わかっていないです。掘り返さないとわからないからね。それに第3は大福山と言われているけど、山頂説や、山頂の少し北という説、雲山峰のほうだという説もあります。もし第3がここではなかったら、忘れられた第3経塚があるとも言えますね」

忘れられた第3経塚、なんてロマンのある響きなのだろう。

奥辺峠では峠道が交差する。まだまだ稜線歩きは続く
奥辺(おくへ)峠では峠道が交差する。まだまだ稜線歩きは続く
第3経塚がある大福山山頂。ここでようやく行程の半分
第3経塚がある大福山山頂。ここでようやく行程の半分
大福山から懴法ヶ嶽までは、日差しを浴びながら開けた稜線を行く
大福山から懴法ヶ嶽までは、日差しを浴びながら開けた稜線を行く

大福山からさらに懴法(せんぽう)ヶ嶽に登り井関峠へ下る。そしてまた登って雲山峰に着いたのは14時前。太陽が雲に隠れて、体が冷えてきた。日暮れまでに下りられるだろうかと不安を抱えながら出発した。

15時頃、この日10座目にして最後のピーク、四ノ谷(しのたに)山に登頂。なんとか日暮れまでに下りられそうで一安心。そこから15分ほどの第1パノラマ展望台から大阪湾を望むと、町が大きく見えた。だいぶ標高を下げたのだろう。山行も終わりが近づいていることを感じた。

最後は駆け下りるように一気に下って、16時に山中渓駅に着いた。駅前の商店で缶ビールを買ってベンチに座る。帰りの電車が来るまで、西日のなかで心地よい余韻に浸った。

(取材日=2023年3月20日)

カクレミノの葉は、一枚一枚の形がまったく違う
カクレミノの葉は、一枚一枚の形がまったく違う
井関峠はあずまやのある広々とした休憩適地。ここから鳥取池や六十谷駅へ下ることもできる
井関峠はあずまやのある広々とした休憩適地。ここから鳥取池や六十谷駅へ下ることもできる
今回の最高峰である雲山峰への登り。ここに限らずコースは全体的に整備が行き届き、歩きやすい
今回の最高峰である雲山峰への登り。ここに限らずコースは全体的に整備が行き届き、歩きやすい
縦走の締めは第1パノラマ展望台。標高を下げたからか町や海の迫力が増したように感じた
縦走の締めは第1パノラマ展望台。標高を下げたからか町や海の迫力が増したように感じた

Course Information

大阪府・和歌山県 紀泉アルプス 490m(雲山峰)
【行き】南海本線孝子駅 【帰り】JR阪和線山中渓駅

大阪と和歌山の府県境を成す紀泉山脈を、孝子駅から山中渓駅まで、1日かけて縦走する歩きごたえのあるコース。役行者の伝説をはじめとして、葛城修験などの歴史と、大阪湾に浮かぶ淡路島や対岸の六甲山地や和歌山市街などの展望が魅力だ。

登山道は全体的に整備が行き届いていて歩きやすい。道が不明瞭な箇所もなく、道標も多い。随所にベンチも設置されている。

麓から稜線に延びる登山道が多くあるため、縦走としなくても多様なルート取りができる。奥辺(おくへ)峠から六十谷(むそた)駅や、大福山から箱作(はこつくり)駅に下りるのもよい。

山中渓駅までの下りはシダ植物が繁茂する
山中渓駅までの下りはシダ植物が繁茂する
終着地の山中渓駅。なんとか日没前に下山できた
終着地の山中渓駅。なんとか日没前に下山できた

歩行時間

8時間10分

2万5000分ノ1地形図

淡輪・岩出

問合せ先

岬町観光協会 072-447-4354
阪南市観光協会 072-447-5547

ヤマタイムで周辺の地図を見る

『山と溪谷』2023年12月号より転載)

この記事に登場する山

大阪府 和歌山県 /

雲山峰 標高 490m

和歌山県と大阪府の県境西部、「紀泉アルプス」と呼ばれる山域の最高峰の山。江戸時代の地誌『紀伊続風土記』に絶景と記されているとおり、どの方向にも展望が開けていて、大阪湾をはじめ、周囲を広く一望できる。山頂には八大竜王の小祠が祀られている。 登山は山中渓駅、もしくは紀伊駅からが一般的で、駅から駅までの縦走を楽しめる。

プロフィール

山と溪谷編集部

『山と溪谷』2024年5月号の特集は「上高地」。多くの人々を迎える上高地は、登山者にとっては入下山の通り道。知っているようで知らない上高地を、「泊まる・食べる」「自然を知る・歩く」「歴史・文化を知る」3つのテーマから深掘りします。綴じ込み付録は「上高地散策マップ」。

Amazonで見る

雑誌『山と溪谷』特集より

1930年創刊の登山雑誌『山と溪谷』の最新号から、秀逸な特集記事を抜粋してお届けします。

編集部おすすめ記事