南房総の里山へ早春ハイキング 『南総里見八犬伝』ゆかりの富山を訪ねる

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南房総にある富(とみ)山。『南総里見八犬伝』の舞台として知られ、ハイカーに人気の山だ。山頂からは東京湾、富士山や丹沢山地、鋸山など房総の山々などのすばらしい展望が広がる。

写真・文=伊藤哲哉 カバー写真=展望台からのすばらしい展望。東京湾と三浦半島、相模湾の向こうに富士山や白峰三山まで眺められる

江戸時代後期に曲亭馬琴(滝沢馬琴)によって書かれた小説『南総里見八犬伝』の舞台として登場する富山。中腹には伏姫ノ籠穴(ふせひめのろうけつ。伏姫ノ籠窟ともいわれる)、山頂付近には八犬士(はっけんし)終焉の地とされる場所もあり、物語の世界に浸ることができる。

「とみさん」と読む山名は、安房開拓の祖である天富命(あめのとみのみこと)が逝去した地であることから由来するといわれている。また「昔、ダイダッポという巨人(デーデッポとも呼ばれる)が富山を枕にして休んだところ、真ん中がくぼんで北峰と南峰になった。」という言い伝えもあるようで、興味深い山だ。今回は、危険箇所もなくファミリーにもおすすめの、富山南西にある福満寺から登るコースを紹介しよう。

〉御殿山からの富山。顕著な双耳峰となっているのが特徴的
御殿山からの富山。顕著な双耳峰となっているのが特徴的

JR内房線岩井駅からスタートして南に数十m進み、県道184号を左折して東へ30分ほど歩くと登山口の福満寺に着く。早春には道中、道路脇や畔などにスイセンや菜の花が咲き、ハイカーを癒してくれる。

〉登山口に向かう途中でたびたび出合える菜の花畑は、初春の房総の風物詩だ
登山口に向かう途中でたびたび出合える菜の花畑は、早春の房総の風物詩だ

途中には南房総市営駐車場(無料)があるので、マイカー利用者はここを利用できる。福満寺にはトイレと休憩スペースがあり、また登山用に竹の杖が用意されているので適宜利用するとよい。

〉福満寺の立派な仁王門。富山へは門前を右に進んでいく
福満寺の立派な仁王門。富山へは門前を右に進んでいく

山門の前を緩く登り、一合目を過ぎると登山道らしい道となる。三合目からは、晩秋は落ち葉踏み、1月から2月にかけてはスイセンを眺めながらの道となる。五合目の鞍部を過ぎて、北方系と南方系の樹木の混合地帯といわれているうっそうとした樹林の中を進むと、やがて急登となる。焦らずゆっくりと自分のペースで歩こう。

さらに進んで石段を登ると、南峰にある寂しげな観音堂に着く。南峰の最高点への道はないので観音堂を後に進んでいくと、愛の鐘が道脇に立っている。現天皇陛下が皇太子でいらした時にご夫妻で登られたことをきっかけに設置されたもので、道すがらハイカーたちが鳴らしている。

〉愛の鐘
愛の鐘

愛の鐘を経て北峰をめざすと、やがて舗装道が合流する地点で休憩舎に出合う。休憩舎の脇には「八犬士終焉の地」という標識が立っており、岩井の街並みや東京湾が眺められる。ここまで来れば北峰はもうすぐだ。

〉北峰手前にある休憩舎。岩井の街並みや東京湾の眺めがよい
北峰手前にある休憩舎。岩井の街並みや東京湾の眺めがよい

最後の急坂を登ると北峰に着く。広場のような北峰の山頂には、ベンチやテーブルがあり、ゆっくりと休憩できる。また金比羅神社が祭られていて、東側に山頂の標識と三角点があるので探してみよう。十一州一覧台と呼ばれている展望台に登れば、東京湾を行き交う船舶や館山方面の街並みなどの展望が広がり、三浦半島、相模湾、富士山、南アルプスまで眺められる(カバー写真)。

〉家族連れの子どもたちが遊べるくらい広い北峰山頂
家族連れの子どもたちが遊べるくらい広い北峰山頂
〉中央奥に見えるのは鋸山。まさに鋸歯のような山容だ
中央奥に見えるのは鋸山。まさに鋸歯のような山容だ

山頂でパノラマビューを堪能したら下山するが、時間があれば伏姫ノ籠穴を訪ねたい。ただし、2024年1月現在、山頂から籠穴へと下るコースは一部荒れている箇所があり、とくに下りは危険なので、もと来た道を下ろう。

無料駐車場がある所から南房総市立富山学園まで歩き、10分ほど歩くと籠穴の入り口に着く。春には桜が美しく、地元で大切にされてきた場所であることがわかる。遊歩道が整備されているので、籠穴まで往復しよう。伏姫ノ籠穴は、『南総里見八犬伝』に登場する伏姫と八房がこもったといわれる場所で、白珠と八個の珠が供えられている。

〉伏姫ノ籠穴の入り口。春先には桜が出迎えてくれる
伏姫ノ籠穴の入り口。春先には桜が出向かえてくれる
〉伏姫ノ籠穴
伏姫ノ籠穴

籠穴からは約1時間で岩井駅に戻ることができるが、「道の駅富楽里とみやま」まで足を延ばしてみよう。2023年7月にリニューアルオープンし、フードコートのほか、採れたての新鮮野菜や魚介類などを販売している直売・物産売場があるので、おすすめだ。

MAP&DATA

 
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参考コースタイム

岩井駅~福満寺~南峰~北峰~南峰~福満寺~伏姫ノ籠穴~道の駅富楽里とみやま~岩井駅:約5時間

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プロフィール

伊藤哲哉(いとう・てつや)

1969年、神奈川県生まれ、千葉県在住。北アルプス・南アルプス、房総の低山、上信越の山などを主なフィールドに撮影に通う。山岳雑誌に写真と記事を提供し、山と溪谷社から共著で『分県登山ガイド 千葉県の山』、『アルペンガイド 南アルプス』を出版。2020年12月、2021年4月に写真展「SEASONS~北岳~」、2023年6月に写真展「夏山讃歌~南アルプスの歌声」を開催。日本写真家協会(JPS)、日本山岳写真協会会員。

ウェブサイト:https://tetsuyaito.jimdofree.com/

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