スマホのバッテリーも食料も尽きた・・・不帰ノ嶮に消えた男性の運命は③【ドキュメント生還2】

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不帰ノ嶮を通過していた登山者から、「富山県側から助けてという声が聞こえる」という110番通報が富山県警に入ったのは、この日の午後0時2分ごろのことだった。これを受けて「とやま」と「つるぎ」が交互に出動して、捜索が始まった。実はこれより前の13日に、栂池高原スキー場の駐車場に車が停められたままだとのことで、長野県警から応援要請があり、富山県警でも偵察のため「つるぎ」を飛ばしていた。しかしそれは一度だけで、この日までは主に長野県警が捜索に当たっていた。

午後3時45分、山岳警備隊の隊員3人が不帰ノ嶮の三峰付近に降下し、「おーい」などと声掛けしながら二峰に向かって稜線をたどっていった。降下地点では、声っぽいものがなんとなく聞こえていたが、二峰に近づけば近づくほど、たしかに声が聞こえるようになってきた。声は下の谷のほうから聞こえてきたので、稜線を外れて富山県側の谷筋を下りていったら、今度はなにも聞こえなくなってしまった。「あれっ?」と思って稜線のほうに登り返していくと、また声が聞こえてくる。会話は、「はい」「いいえ」ぐらいのやりとりがなんとかできる程度で、明確な意思疎通はできなかった。午後5時ごろになり、日没が近づいてきたため、地上からの捜索は打ち切り、ピックアップされた「つるぎ」で上空からの捜索を行なったのち、富山空港に帰投した。

18日は朝6時過ぎに隊員2人を不帰ノ嶮の二峰北峰に投入して声掛けを開始した。その後、2人を増員し、不帰キレット〜天狗の大下り方面の稜線上と、二峰北峰から富山県側へ延びる枝尾根の2班に分かれて夕方4時過ぎまで捜索を行なったが、発見には至らなかった。この日、4人の隊員は富山に戻らず、唐松岳頂上山荘に泊まって、翌19日も朝から捜索を行なった。天気が悪かったため、ヘリは午前中に「つるぎ」が2回飛んだだけだった。このヘリでさらに隊員を地上に投入する予定だったが、ガスがかかっていたため稜線には近づけず、隊員が「つるぎ」からホイスト(ヘリに搭載されたウインチの一種。ホバリング状態のヘリからワイヤー操作して人員や物資を昇降させる)にぶら下がっての捜索を実施した。昼ごろには地上班の4人をピックアップし、全員がいったん撤収した。

午後も天気は回復せず、捜索は午前中のみで打ち切られた。天気予報は翌日も悪天候であることを告げており、ヘリでの捜索を行なえない可能性が高かった。そこで今後の救助方針について再検討し、長野県側から地上班を現地に向かわせることになった。

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プロフィール

羽根田 治(はねだ・おさむ)

1961年、さいたま市出身、那須塩原市在住。フリーライター。山岳遭難や登山技術に関する記事を、山岳雑誌や書籍などで発表する一方、沖縄、自然、人物などをテーマに執筆を続けている。主な著書にドキュメント遭難シリーズ、『ロープワーク・ハンドブック』『野外毒本』『パイヌカジ 小さな鳩間島の豊かな暮らし』『トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか』(共著)『人を襲うクマ 遭遇事例とその生態』『十大事故から読み解く 山岳遭難の傷痕』などがある。近著に『山はおそろしい 必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか 山岳遭難の「今」と対処の仕方』(平凡社新書)、『これで死ぬ』(山と溪谷社)など。2013年より長野県の山岳遭難防止アドバイザーを務め、講演活動も行なっている。日本山岳会会員。

山岳遭難ファイル

多発傾向が続く山岳遭難。全国の山で起きる事故をモニターし、さまざまな事例から予防・リスク回避について考えます。

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