ルポ・飯豊連峰。テントを背負って夏の朳差岳へ
日本海を見下ろす飯豊(いいで)連峰は、冬季には大量の雪が降り積もるとあって、夏まで雪渓が残る。温暖化のせいか残雪の量は減りつつあるというが、雪田を吹きわたる涼風を求めて、連峰の北端にそびえる朳差岳(えぶりさしだけ)をめざした。
文・写真=西村 健(山と溪谷オンライン)
いざ、エブリサシへ!
早朝に門内小屋を出て、稜線を北に向かう。当初は飯豊本山方向へ縦走するつもりで計画を考えていたのだが、本山は最高峰だけあって混雑しがちだ。せっかくなら静かな山を心ゆくまで楽しみたいと思い、連峰北端のピーク・朳差岳(えぶりさしだけ)をめざすことにしたのだった。
エブリサシ、とは妙な名前だが、関川村のウェブサイトには「エブリは田植えの農具で、早春にエブリを持った人の形をした雪形が出現し、農事暦として親しまれてきました」とある。山名の由来はわかったが、その不思議な響きには、やっぱりなにか心引かれるものがある。エブリサシ、エブリサシ。口にしてみると、東北の地名由来に多いアイヌ語のような響きも感じられる。こんな不思議な山名も、山の個性のひとつといえそうだ。
朝日の中、稜線を行く。地神山(じがみやま)、頼母木山(たもぎやま)を越えて、頼母木小屋へ。稜線の小屋だというのに、雪解け水がホースからジャブジャブ流れ出している。まだ朝ということもあって、昨夜泊まった人のテントがまだ張られていた。ここで休憩をとり、ゆっくり朝食を食べているうちにテント場が空いたので、テントを設営してから朳差岳をピストンすることにした。
頼母木山からいったん下って、大石山へと登り返す。道中、花が実にみごとで、ついつい足を止めてしまい、なかなかペースが上がらない。本当は6月から7月のほうが夏の花が多いらしいが、盛夏の花もすばらしかった。主稜線のアップダウンがとても大きく、なかなか足にこたえるのだが、花を眺めながらの立ち休憩を挟んで、気持ちを切らさないように次のピークをめざす。鉾立峰(ほこたてみね)を越えると、目の前にようやく朳差岳が見えた。
1964(昭和39)年の国体の際に登山道や避難小屋が整備されて以降よく登られるようになったというこの山は、飯豊全山縦走の最後のピークといえる独特の存在感を放っている。昨日のテント場で会った縦走パーティも、「明日はエブリサシまでで、下山は明後日です」と話していたっけ。私より先に出発したから、あるいはもう避難小屋に着いて、テントを張っているころかもしれない。
朳差岳山頂にはアキアカネが群舞していた。怖いほどの数のトンボが、山頂の小さな祠の周りを飛び交う。写真を撮ろうにも、どちらにレンズを向けてもトンボが入ってしまうのだ。どうしてここにだけこれほどのアキアカネが集まっているのだろう。今朝、頼母木小屋の管理人の女性は、この小さな昆虫を見て「これが赤くなってくるころには、もう秋だねえ」とつぶやいていたっけ。北国の夏は本当に短い。8月に入るとまもなく、風には秋の冷たさが混じってくる気がする。
頼母木小屋に戻ると、南東の空に二重の虹が出ていた。それが消えるころ、太陽が日本海に沈んでいく。明日は丸森尾根から飯豊山荘へ下山する。飯豊山荘で温泉に浸かって、その足で家に帰るのだ。短い夏休みは、残りあと一日。
(山行日=2023年8月4〜6日)
MAP&DATA
コースタイム:
- 1日目 飯豊山荘〜湯沢峰〜梶川峰〜扇ノ地紙〜門内岳 7時間
- 2日目 門内岳〜扇ノ地紙〜地神北峰〜頼母木小屋〜大石山〜鉾立峰〜杁差岳〜頼母木小屋 7時間
- 3日目 頼母木小屋〜地神北峰〜飯豊山荘 5時間
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