山小屋の常連さんがくれたお土産はサンマ20匹!
黒部源流の山小屋、薬師沢小屋で働くやまとけいこさんが、イラストとともに綴る山小屋暮らし。文庫版が発売された『黒部源流山小屋暮らし』(山と溪谷社)から一部を抜粋して紹介します。
文・イラスト=やまとけいこ
常連さんと居候
毎年のように薬師沢小屋に訪れてくれる、常連さん、という人たちがいる。ここはシーズン中、イワナ釣りを楽しむことができるから、常連さんも釣り好きの人がほとんどだ。年に一度であっても、何度か顔を合わせているうちに親しくなる。
それぞれ常連さんは、だいたい毎年来る季節が決まっているから、小屋番と、そろそろ誰々さん来るかな、なんて話になる。来なくなったら死んだと思ってくれ、と言い残して下山する人もいるから、来るべき人が来ないと、どうしたかなと心配になる。また会いに来たよ、って今年も顔を出してくれると、ホッとする。
小屋番や私より、もっと昔からここに通い続けている大先輩方も多い。お酒を飲むと、昔話が飛び出す。毎年同じ話を聞いているような気もするが、毎年同じようにみんなで大笑いする。
楽しかった記憶は蓄積する。みんないつしかこの薬師沢小屋と、黒部源流が大好きになった人たちばかりだ。小屋の人間は、こうした常連さんに支えられて、山小屋の仕事を続けられているところが大きい。
常連さんのなかには、お土産をたくさん持ってきてくれる人もいる。お金を払って宿泊して、小屋の人間のためにどっさりお土産を担いで来るのだから、驚いてしまう。
正直、下界では口にできないようなお酒やご馳走を持ってきてくれたりする。こちらは、世の中にはおいしいものがあるのだなあ、と舌鼓を打つが、本人は客食のスパゲティーサラダを食べて、うまいなあ、なんていってくれるから、困惑してしまう。
その常連さんに、次は何を持ってきてほしい、と聞かれたことがあって、サンマが食べたいです、っていったら、本当にサンマをどっさり担いで持ってきてくれた。背負子に発泡スチロールをくくりつけ、中に氷が5キロ、サンマが20匹は入っていただろうか。ぷっくり太った立派なサンマに、世の中にはこんなに大きなサンマがいるのかと驚いた。
ただ、内臓が抜かれていたので、内臓がないぞう、と冗談でいいつつ、いや私、サンマは内臓を食べる魚なのに、くらいのことをいってしまったかもしれないが、翌年からは内臓入りのサンマを持ってきてくれるようになった。しかもそのとき、大根がないと大騒ぎしたっけ?
大根まで背負ってきてくれるようになった。
みんな大喜びするものだから、持ってきてくれる常連さんは大変だろうに、これが秋の恒例になってしまった。持てなくなったらもう来れないなあ、なんていうから、そんなに無理して担がずに、少しずつ荷物を減らしてくださいといっている。
客食メニューにサンマが出ていないのに、サンマの匂いと煙だけが漂っていることがあるかもしれないが、そんなときは、こういった事情で従業員がサンマにかぶりついている。
最近少なくなったが、居候、という人たちもいる。小屋の仕事を手伝いながら、小屋に滞在する人をいう。もちろん給料は出ない。この居候と呼ばれる人のほとんどは、元従業員だ。
居候は基本、忙しいときを狙って手伝いに来てくれる。とくに秋などは従業員が3人しかいないのに、100人を超えるお客さんが来ることがある。そんなとき、いやー、忙しいだろうと思って来たよ、なんて救世主のように現れる。これまで数々の修羅場を手助けしてもらった。皆、勝手がよくわかっているから、いちいち教える必要もなく、本当にありがたい。
それに、あの山小屋という閉鎖空間の中で、昔の仲間が来てくれるということは、何よりの楽しみだ。何年経っても、同じ釜の飯を食べ、同じ時間を過ごした仲間は、人生の宝物だ。
プロフィール
やまとけいこ
1974年愛知県生まれ。山と旅のイラストレーター。武蔵野美術大学油絵学科卒業。29歳の時に山小屋のアルバイトを始める。シーズンオフは美術の仕事やイラストレーターとしての仕事をして過ごし、世界各地へ旅している。
イラストレーターとして『山と溪谷』などの雑誌で活動するほか、アウトドアブランド「Foxfire」のTシャツイラストも手がける。美術造形の仕事では、各地の美術館、博物館のほか、飲食施設等にも制作物が展示されている。著書に『蝸牛登山画帖』『黒部源流山小屋暮らし』(山と溪谷社)。
黒部源流山小屋暮らし
豊かな大自然、生き生きとした動物たちの姿、小屋のリアルな日常が目に浮かぶ。やまとけいこさんの名イラストエッセイ集『黒部源流山小屋暮らし』をついにヤマケイ文庫化! 記事では本書から一部抜粋して紹介。
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