クライミングロープも簡単に切れる、なぜなら…【動画あり】

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安全登山のヒントを、ロープワークのプロフェッショナル「特殊高所技術」山口氏から紹介してもらう連載。今回は、ロープの強度と弱点について――。

ナイロンザイル事件に学ぶ、ロープの弱点

オールドクライマーの方々は、「ナイロンザイル事件」をご存知の方も多いかと思います。

当時昭和30年(1955年)頃に、麻ロープに代わって普及しはじめた、ナイロン製のクライミング用のロープが岩角への擦れに弱いという特性を巡る事件でした。あれから、すでに60年が経過しましたが、素材や構造の違いによらず「テンション(荷重)がかかった、あらゆる種類のロープが鋭利な角への横擦れに弱い」という基本的な特性を、人類はまだ克服できていません。

ロープの強度そのものは、φ10mmのクライミング用(ダイナミック)ロープで、24kN(2.4トン)程度あります。しかし、岩角等での擦れによる切れやすさは、ロープの引っ張り強度とは残念ながらほぼ無関係です。また、ロープを切断するのは岩角だけではありません

・ロープの結び方、どのように荷重をかけるか
・ロープに取り付ける器具の構造、種類

これらの要因によってロープが本来の性能を発揮できずに、損傷したり、最終的には切断されたりします。今回は、以下の3つについて、みなさんに紹介したいと思います。

1.ロープの横擦れによる切断

ロープに体重を預けたとき、墜落時の荷重が作用したときに、ロープが伸びます。この際、岩角に対してロープが縦方向に擦れる(ごぼうの皮を包丁の背でそぎ落とす動きと同じ)際には、あまりロープが損傷しません。いや実際は、ロープは損傷はしているのですが、損傷が1か所に集中せずに分散されるので、簡単には切れないのです。

一方で、ゆるんでいたロープにテンションがかかって、ゆるみが取れる際に、岩角への横擦れが生じる場合。そして、トップロープでもリードクライミングでも、ロープにテンションがかかった状態で振り子状態になって、岩角への横擦れが生じる場合。こういった状況では、ロープと岩角は、先ほどの例えのような、ゴボウの皮を包丁の背でそぎ落す動きではなく、包丁の刃でゴボウを切る時の動きになります。石器時代には、僕ら人類はなんでも石で切っていました。だから、岩でゴボウもロープも切れます。

ロープをコンクリート片で切断する体感訓練 ロープをコンクリート片で切断する体感訓練(拡大) 丸い鉄棒でもサビがロープをヤスリのように削る

ロープ切断体感訓練では、人工岩ともいえるコンクリート片を使ったり、丸い鉄棒を使ったりする。
丸い鉄棒でもサビがあれば、ヤスリのようにロープを削ってしまう

特殊高所技術では、新人の初期訓練の段階で、人をぶら下げたロープをコンクリート片、錆びた鉄筋棒、電動工具、ロープ同士等で切断する体感訓練を実施します。これらの中でも岩角に相当するコンクリート片のエッジは、「良く切れる」部類です。あまり抵抗なく、サーッと切れていきます。上の写真でもコンクリート片がロープに接触する箇所で、ロープはほとんど屈曲していません。つまり、10kg程度の荷重で「ふれている程度」でしかありません。きれいに切れながらロープに食い込んでいくため、傍目ではほつれも見えません。

どんなものがロープを損傷させやすいのかという観点では、どれも五十歩百歩。すなわち、「ロープは擦れたら切れる」ということです。なので、特殊高所技術では、ひたすら「ロープを擦れないように使う」ことに神経をとがらせます。

ラビットノットを使った方法 スリングとカラビナでディビエーションを行う

ノットやディビエーションなどの技術を使い、擦れないように工夫する
 

2.エイトノットの股裂き荷重による強度低下

ロープは結ぶと、強度が低下します。エイトノットですと、諸説ありますが2~4割程度、強度が低下します。ロープの強度が24kNの場合は、19kN~14kN程度まで低下するということになります。

ノットは、種類ごとに得意な荷重条件、不得意な荷重条件が存在します。エイトノットの場合、ノットのループと末端とを引っ張る「I方向」の荷重が得意ですが、ループに荷重をかけずに末端の両側を引っ張る「T方向(股裂き)」荷重は不得意です。「T方向」荷重の場合、6割程度まで強度が低下すると言われています。ロープの切れ方も唐突で、映画のように少しずつロープがほつれていって、「ああ、ロープがぁーッ!」と思うヒマはありません。毎秒1,000フレームのハイスピードカメラで観察しても、その瞬間は観察できません。

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プロフィール

特殊高所技術 山口宇玄(やまぐち たかはる)

北海道中札内村出身。高校時代では札幌中央勤労者山岳会、大学時代に群馬山岳連盟桐生山岳会に在籍。就職後、川崎勤労者山岳会を経て、現在は京都の株式会社特殊高所技術にて技術部長を務める。一方で、一般社団法人 特殊高所技術協会の監事・講師として、技術者へのロープを使った高所作業の講習を実施している。

■株式会社 特殊高所技術
http://www.tokusyu-kousyo.co.jp/
■一般社団法人 特殊高所技術協会
http://www.tkgs.or.jp/
■ブログ:特殊高所技術の広場
http://blog.livedoor.jp/rope_access_eng/

安全登山のヒントをロープの達人がご紹介!

バリエーションルートや難易度の高い登山では、高い水準のロープ技術が求められる場合がある。危険がつきものの上級者向けの登山を、少しでも安全に行うことはできないか。ロープワークのプロフェッショナル「特殊高所技術」山口氏から、安全登山のヒントを紹介していただこうと思う。

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