第一章 始まりの山|オーストラリア大陸最高峰・コジオスコのSEA TO SUMMIT 後編
今、一人の日本人冒険家がある挑戦を行なっている。プロジェクト名は「SEA TO SEVEN SUMMITS(シー・トゥ・セブン・サミッツ)」。七大陸最高峰を海から頂上まで人力で登頂するという挑戦だ。2023年4月、5つ目の頂であるデナリを登り、世界最高峰・エベレスト、南極大陸最高峰・ヴィンソン・マシフの2座を残すのみ。そんな挑戦を続ける冒険家・吉田智輝のSEA TO SEVEN SUMMITSへの旅路をたどる。今回はオーストラリア大陸最高峰・コジオスコでの初挑戦の後編。いよいよロードを抜けてコジオスコの山中へ入る。
文・写真=吉田智輝
リフト下は俺が制す
翌朝、6時には宿を出ていた。
私はスキー場のリフト下を黙々と登っていた。
オーストラリア最高峰コジオスコを登るとき、スキーリフトを利用するのが一般的だ。標高1900mのスキーリフト終点からめざす山頂の標高は2228m。日本百名山の一つである、尾瀬・至仏山と同じ高さだが、難度はより低い山と言えるだろう。冬場にパンツ一丁のローカル5人組がチャリティーのために登頂した記録があるくらいだ。1977年までは山頂直下数メートルのところまで車で行くことができたが、現在は6kmほど歩く必要がある。
汗ばんでスピードも出てきたころに、スキー場のリフトが動き出した。営業時間前ならリフトの下を登っていい、そう言われていた。タイムリミットが迫る。しばらくすると、スキーヤーたちがリフトに乗って私の頭上を上がってきた。歓声とヤジが飛ぶ。
「Why don't you use the ski lift - !? (リフト使えば楽だよー!) 」
「だって俺は、海から人力でー!」
そんな説明が通用しないのは、すでに海から何度も経験していた。
言葉をグッとのみこんで、先を急いだ。
リフトに乗れば15分のセクションを2時間ほどで登り終え、なんとか終着駅に着いた私は、ガイド隊と鉢合わせた。
「リフトの上から見ていたよ」
そう話しかけてきたのは、ガイドのアンディーだった。白髪の髭がよく似合う、いかにも山の男、という出立ち。
「ひょっとしてだけど、海から登り始めたのかい?」
「そうです!」とっさにそう答えたものの、核心をついた質問にへどもどしていると、アンディーの師匠はティム・マッカートニー=スネイプの師匠でもあり、彼を直接知っているということを教えてくれた。どおりで察しがいいはずだ。ティムの生まれ故郷に来て、彼に面識がある人と巡り会えた。
彼のお客さんは2人組のカップルだった。ブリズベンからはるばるこの山を登りに来たのはシンディー。おそらく同い年くらい。快活とした雰囲気の女性だった。エベレスト街道をトレッキングしたことで世界最高峰への憧れが強くなり、それ以来、セブンサミッツのすべてに登ることが夢の一つとなったそうだ。一方でデイビッドはただの付き添い。おっとりとした癒し系という印象だった。
コジオスコは誰にでも登れる山。だからこそ、セブンサミッツの7座目に取っておいて、それまでサポートしてくれた(そして、多大に迷惑をかけた)家族と共に、最後に登りにくる人が多いと聞いていた。
「まさか、7座目!?」と聞くと、「とんでもない。小さな一歩目だよ」と彼女はほほ笑んだ。
彼らと一緒にスノーシューに履き替えたが、スノーシューが要らないくらい、雪はほどよく締まっていた。
一緒にどう?とシンディーから誘われ、遠慮がちにアンディーに確かめると、快くうなずいてくれた。
旅は道連れ世は情け。
ソロでないといけない。そんなこだわりは私には到底なかった。
「険しい山には一人で入らない」
そもそもそれが、私がこのプロジェクトを始めるときに母とかわした約束だった。コジオスコは「険しい山」ではないという判断を勝手に下していたが、登山愛好家でしかない私にとって、3人の存在はとても心強かった。
プロフィール
吉田智輝(よしだ・さとき)
1990年生まれ、埼玉県鴻巣市出身。早稲田大学卒業後、シンガポールの外資系投資銀行に勤務。2018年9月から“海から七大陸最高峰に登る「SEA TO SEVEN SUMMITS」”の挑戦を始める。現在は長野県信濃町で登山ガイドなどを行ないながら生計を立て、残り2座(エベレスト、ヴィンソン・マシフ)の海からの登頂をめざす。
海から七大陸最高峰へ -冒険家・吉田智輝の挑戦-
海から七大陸最高峰の登頂をめざすSEA TO SEVEN SUMMITSに挑戦中の冒険家・吉田智輝さん。現在は七大陸最高峰のうち5座に海から登頂している。彼はなぜ、この登り方に憑りつかれたのか・・・。本人が語る冒険譚をお届けします。
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