第一章 始まりの山|オーストラリア大陸最高峰・コジオスコのSEA TO SUMMIT 後編

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今、一人の日本人冒険家がある挑戦を行なっている。プロジェクト名は「SEA TO SEVEN SUMMITS(シー・トゥ・セブン・サミッツ)」。七大陸最高峰を海から頂上まで人力で登頂するという挑戦だ。2023年4月、5つ目の頂であるデナリを登り、世界最高峰・エベレスト、南極大陸最高峰・ヴィンソン・マシフの2座を残すのみ。そんな挑戦を続ける冒険家・吉田智輝のSEA TO SEVEN SUMMITSへの旅路をたどる。今回はオーストラリア大陸最高峰・コジオスコでの初挑戦の後編。いよいよロードを抜けてコジオスコの山中へ入る。

文・写真=吉田智輝

目次

鬼の形相

目の前には雪原が広がっていた。

雪は少ない印象で、所々むき出しの地面や岩が、白と青の景観に黒のアクセントを加えていた。

それまでゲレンデで揺らめいていたアカシアやユーカリの木々は姿を消し、アルパインエリアに突入していた。高山菊やクラスペディア、ラン、キンポウゲ、夏の間に広がるお花畑もすべて雪の下で花を咲かせるのを待ちわびている。事前にリサーチしていた光景を思い浮かべると、白や黄、紫といった鮮やかさが生命の営みを感じさせていたが、モノクロに近い、荒涼とした景色が広がる。

1時間半ほどなだらかな雪原を歩くと、ピークが見えた。ここまでの道中では岩稜が猛々しい印象を与えたが、そのピークには岩はなく、白くなだらか。まさにそこがコジオスコ山頂だった。山頂に繋がる稜線には雪庇が顕著で、点発生の雪崩跡がその下にいくつか見える。

さらに1時間、山頂直下のクータパタンバ・レイクという氷河湖のあたりに着くと、斜面はかなり急に見えた。この湖の名は、アボリジニの言葉で「ワシの水飲み場」。湖を隠す雪が消えるころ、猛禽類が飛び交う姿を想像するとワクワクした。オーストラリアに5つある氷河湖のうち最も標高が高いこの場所。標高2050mまで来ていた。

山頂直下の大斜面。その中腹に差し掛かっていた。風がかなり強い。一緒にその斜面を登り始めたシンディーとデイビッドはすでにかなり前の方にいた。私は足を引きずりながら、一歩一歩を踏みしめる。雪面には誰かが描いたシュプールが刻まれていた。歓声が上がった先まで視線をグッと上げる。3人が山頂に着いていた。

もうすぐ、あそこまで。

「イエア!イエア!!!」

カラダのどこからか力強い声が湧き出てきた。

「今、オーストラリア時間11時48分。標高2228m、オーストラリア大陸最高峰、コジオスコの頂上に着きました。長い長い道のりでしたが、その分、喜びもひとしおです!」

記録用のカメラに、そのときの興奮を収めた。

心の奥底でうずいていた熱いなにかが今にも噴火しそうだった。

石組みされた四角錐の台の上に立てば、三六〇度景色が開け、遠くには山々が連なっているのが見えた。

そのなかでも南東の方向に特に強い思い入れがあった。

海から続いた長い道のり。初めての海外SEA TO SUMMITへの挑戦、トラブル、足の痛み、数々の出会い、それらすべてが合わさって押し寄せてきた。それは泡となって弾けてしまいそうなはかないものではなく、もっと静かな充足感だった。

何者でもないこの自分を、山頂にいる3人と、この大地だけが受け止めてくれた気がした。

シンディーが持ってきたオーストラリア国旗を私は誇らしげに掲げてみせた。

山頂で記念すべき1座目登頂写真
山頂で記念すべき1座目登頂写真を撮る

地獄はそこからだった。

下山中に足が壊れた。スノーシューはグラグラと上下に動くため、かろうじて誤魔化していたすねと膝へのダメージが非常に大きかった。 右足の激痛が急に押し寄せ、体の動きはカクカク。その姿はまるでスターウォーズのC-3PO、顔はさながら貴乃花の「鬼の形相」だった。

かなりペースが遅くなった。帰りのスキーリフトに間に合うか、そうアンディーが心配するほどだった。

途中シンディーにバックパックを持ってもらい、歯を食いしばってなんとか下山した。

コジオスコの下り
なだらかなはずのコジオスコの下りが地獄の時間となった

「デイビッドのおばさんが住んでいるキャンベラに一泊する予定だけど、サトも一緒に送って行こうか?」

宿もバスも予約していない。二つ返事でシンディーの車に飛び乗った。車中で予約した首都・キャンベラのホテルまで送り届けてもらい、2人と別れた。

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プロフィール

吉田智輝(よしだ・さとき)

1990年生まれ、埼玉県鴻巣市出身。早稲田大学卒業後、シンガポールの外資系投資銀行に勤務。2018年9月から“海から七大陸最高峰に登る「SEA TO SEVEN SUMMITS」”の挑戦を始める。現在は長野県信濃町で登山ガイドなどを行ないながら生計を立て、残り2座(エベレスト、ヴィンソン・マシフ)の海からの登頂をめざす。

海から七大陸最高峰へ -冒険家・吉田智輝の挑戦-

海から七大陸最高峰の登頂をめざすSEA TO SEVEN SUMMITSに挑戦中の冒険家・吉田智輝さん。現在は七大陸最高峰のうち5座に海から登頂している。彼はなぜ、この登り方に憑りつかれたのか・・・。本人が語る冒険譚をお届けします。

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