【書評】“奇跡の鳥”復活作戦の熱い日々を追う『ライチョウ、翔んだ。』

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評者=上田恵介

かつてライチョウは日本アルプスを中心に約3000羽が生息していた。それが近年、登山者の増加による環境の荒廃と、それに起因するテンやキツネ、さらにニホンザルなど新しい天敵の出現、高山植物を食害するシカの高山への進出などによって数を減らし、現在は2000羽を下回る状況に陥っている。このままでは日本のライチョウは絶滅するのではないかと立ち上がったのが、鳥類学者で信州大学名誉教授の中村浩志であった。

著者の近藤氏は元朝日新聞の山岳専門記者で、特にライチョウに興味があるというわけではなかったが、中村と出会ってすっかりその人柄にほれ込んで、密着取材を始めたのである。この本は、ライチョウ保護にひとかたならぬ情熱をもって取り組んだ中村浩志による保護活動、特に中央アルプスにライチョウを復活させるプロジェクトの全容を追ったドキュメントである。

高山でライチョウに出会っても、ほとんど逃げることはなく、飛ぶ姿を見ることも滅多にない。だから多くの人はライチョウが山から山へと飛んで移動できるとは思っていない。

だが2018年の夏、1969年に目撃されたのを最後にライチョウが絶滅したと思われていた中央アルプスの木曽駒ヶ岳で、1羽のメスのライチョウが発見されたのである。このメスは1羽で巣を作り、無精卵を産んで温め始めた。ここに希望が生まれた。大胆な発想だが、中村はこのメスの温めている無精卵を別の山に生息しているライチョウの有精卵と入れ替えてヒナを孵そうと考えたのだ。そこで翌年、ライチョウが比較的多く生息している乗鞍岳から有精卵を採取して木曽駒ヶ岳に運び、卵の入れ替えを実行した。計画は成功し、ヒナが孵化した。中央アルプスでは半世紀ぶりのヒナの誕生であった。だがヒナたちは生き残ることができなかった。

翌年以降、復活作戦はさらに大規模に展開された。乗鞍岳からライチョウの母鳥とヒナの3家族をヘリコプターで木曽駒ヶ岳に運んで放すという、環境省の5カ年計画のプロジェクトがスタートした。木曽駒ヶ岳の頂上付近にケージを設置して、ヒナが小さなうちは、昼間は人がつきっきりで母鳥と共に野外で自由に採食させ、夜はケージに誘導して天敵から保護しながら成長させるという前代未聞のプロジェクトであった。さまざまな障害もあったが、多くの人々に見守られながら、ライチョウは順調に数を増やし、2022年には観察会が開かれるまで個体数を回復させた。中央アルプスのライチョウは半世紀ぶりに復活したのだ。

ライチョウ保護に情熱をもやす研究者の人物像もとても興味深く描かれている。

ライチョウ、翔んだ。

ライチョウ、翔んだ。

近藤幸夫
発行 集英社インターナショナル
価格 2,200円(税込)
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近藤幸夫

1959生まれ。山岳ジャーナリスト。朝日新聞社富山支局(現富山総局)で北ア・立山連峰を中心に山岳取材を行なう。88年、大阪本社運動部(現スポーツ部)に配属され、海外の山岳での取材を経験。2021年に朝日新聞社を早期退職し、現在は長野市を拠点に山岳ジャーナリストとして活動している。

評者

上田恵介

1950年生まれ。理学博士。動物生態学者。立教大学名誉教授。日本野鳥の会会長。鳥類を中心とした動植物全般の進化生態学、行動生態学が専門。環境問題の研究にも取り組む。

山と溪谷2024年7月号より転載)

プロフィール

山と溪谷編集部

『山と溪谷』2026年1月号の特集は「美しき日本百名山」。百名山が最も輝く季節の写真とともに、名山たる所以を一挙紹介する。別冊付録は「日本百名山地図帳2026」と「山の便利帳2026」。

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