【書評】足で、版画で山を極めて『蒼い山稜』

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評者=今野善伸

杉山修さんには日本勤労者山岳連盟機関誌『登山時報』の表紙絵を4年にわたり掲載させてもらった。そのご縁で東京下町の工房にお邪魔した。工房は江戸時代からの街道が交わる交通の要衝近くにあり、寺院が多い街並みだった。ネコを何匹も飼いながら版画作りに励んでいる方と記憶している。

版画を『登山時報』の表紙として掲載するきっかけとなったのは、前の表紙提供者の推薦によるものである。推薦内容は「登山活動の傍ら、四季を通して山岳風景をテーマに、写真、スケッチ取材を行ない、自彫り、自摺りの木版画を発表している方である」と。ちょうど、前任者の表紙は写真だったので、木版画は渡りに船と杉山画家にお願いすることになった。

さて、『蒼い山稜』は144ページ総カラーの木版画集であり、下絵を含めると150にのぼる作品が収められている。そのほかに「年賀状」「つれづれなる旅のスケッチ」なども紹介されている。画集を手に取って思った。これは30代半ばから山でのスケッチを始めて、同じころに木版画にのめり込み50年あまりという杉山さんの版画人生、その作品を集積した画集なのだと。版画、とりわけ山岳画の灯を消してはいけない、続く者たちに継承していこうという意気を感じとった。

また、これまで使用してきた越前和紙の漉き元の廃業やブラシ職人の訃報を聞いて、道具や素材を作ってきた職人たちへの感謝の気持ちを表わした画集でもあると受け取った。

昭和初期に入って山岳画を描く画家たちを中心に「日本山岳画協会」が設立されて88年、今も杉山さんはその運営に汗を流している。登山と版画制作の両面に精力を傾注することは並大抵のことではできない。体力と資質を兼ね備えないといけないからである。

画集には、北アルプスの風景を描いた作品も多くある。なかでも冬の前穂北尾根から北穂高岳を収めた「穂高大観Ⅰ-Ⅴ」は、一枚の版画には収まりきらず、5枚に分けて描いた。なんと版木14枚50摺という、気の遠くなるような作品である。

杉山さんの領域は海外にもある。ヨーロッパアルプスのマッターホルンの山容を描いた作品も多いが、とりわけヒマラヤへの思いは強い。なぜなら55年前のこと。絵が好きだった杉山さんは、仕事の帰り道によく数寄屋橋の画廊を覗いていた。突然、衝撃が走ったのが、紺碧の空と白銀の高峰が描かれた一枚のヒマラヤの絵であったという。「朝のコングデヒマール、足立真一郎」。この絵がキッカケとなって版画家の道を歩むことになったからである。

あとがきでは、「多くの出会いがあって自分がいる。今はそれらの人達と山の版画に没頭できる時間に、感謝して生きている」とつづっている。

蒼い山稜

蒼い山稜

杉山 修
発行 自費出版
価格 3,300円(税込)

※購入はsugiyama@osamuhanga.comに問合せ

杉山 修

1946年生まれ。版画家。日本山岳画協会会員。10代から社会人山岳会に所属し各地の山岳を巡り、絵画制作も行なう。日本勤労者山岳連盟機関誌『登山時報』の表紙として2017年1月号から20年12月号まで、計48作品を提供。

評者

今野善伸

1952年生まれ。日本勤労者山岳連盟副理事長。2010年にアコンカグア、11年にケニア山、キリマンジャロ登頂。15年8月号から22年12月号まで、『登山時報』編集長を務めた。

山と溪谷2024年8月号より転載)

プロフィール

山と溪谷編集部

『山と溪谷』2026年1月号の特集は「美しき日本百名山」。百名山が最も輝く季節の写真とともに、名山たる所以を一挙紹介する。別冊付録は「日本百名山地図帳2026」と「山の便利帳2026」。

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