うつろう時代を見つめて。小屋番82歳、三伏峠小屋を下りる
三伏峠(さんぷくとうげ)小屋の管理人、小笠原三幸さん(82)は9月30日に小屋を閉めて下山した。公共施設の料理人から小屋番に転じて24年。登山者の風潮や小屋の装いが変わっていく中、変わらぬ一徹さと心配りで、「日本一高い峠」を訪問する登山者たちの安心感を培ってきた。どんな思いで小屋を後にしたのか。繁忙期などに山小屋を手伝う山麓在住のライターが、最後の小屋締めをスタッフとして見届けた。
写真・文=宗像 充
毎年「最後の一年」と思いながら・・・
高齢を理由に小笠原さんが引退を表明したのは5年前のことだ。
その翌年のことらしい。
「会長が余命3年と医者に言われたというじゃないか。ちょっと涙こぼして切ながって管理人を頼みに来るから、あと1年でよ、と。断れなかった」(小笠原さん)。
三伏峠小屋は麓の温泉宿の山塩館が経営し、平瀬長安会長と小笠原さんは同年配の旧知の間柄だ(ちなみに平瀬会長は健在)。
その後も1年更新の「最後の1年」が続いた。「おやじさん」と以前は呼ばれていたのが、最近では「おじい」と若いスタッフに呼ばれている。5年の間に補聴器を着け、紙に書いての伝達が増えた。
「古い管理人はみんないなくなった」
周囲の山小屋の管理人が変わっていく中、一人残った「おやじさん」も若干寂しそうだ。
麓の大鹿村で暮らす筆者は、ひと夏小屋のスタッフを経験した後、週末や連休の繁忙期に小屋に上がって足りない手を補った。昨年からは冬期営業の小屋番を始めた。冬期営業の引き継ぎもあり、小屋閉めは経験したことがなかったので手伝うことにした。
「新聞記者が『今年で最後』と記事にしたら、翌年もいるからまた取材に上がってきた」 なんて冗談が笑えない。さすがに今年は「本物の最後」のはずだ。
プロフィール
宗像 充(むなかた・みつる)
むなかた・みつる/ライター。1975年生まれ。高校、大学と山岳部で、沢登りから冬季クライミングまで国内各地の山を登る。登山雑誌で南アルプスを通るリニア中央新幹線の取材で訪問したのがきっかけで、縁あって長野県大鹿村に移住。田んぼをしながら執筆活動を続ける。近著に『ニホンカワウソは生きている』『絶滅してない! ぼくがまぼろしの動物を探す理由』(いずれも旬報社)、『共同親権』(社会評論社)などがある。
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