
テントで就寝中にクマが!上高地発、「クマとヒトのいい関係」を考える【後編】
100%有効なクマ対策はあるのか?
ただ、クマにしても人との遭遇は非日常的なことではあるので、写真を撮ろうとしたりしてクマに刺激を与えれば、クマが興奮して事故につながる恐れがある。サルも人がエサを与えて依存すれば襲うようになるかもしれない。
「伏せて急所を守るなどの防衛法が紹介されていますが、最終手段です。一番のクマ対策は出合わないこと。天候に応じて、なにかあるかもしれないと考える。別の種同士の力関係の中で、お互いどう棲み分けるかです」
人間も動物だ。こちらの存在を知らせるためにクマ鈴がある。上高地の各所にもベルが設置されていた。しかし、遭遇時はどうするか。
「クマもまさかと思っているはず。クマの刺激を誘発する行動はよくない。難しいけど、冷静に刺激しないように距離を取り合う」
一方で、山岳地帯の登山では軽荷で頂上を往復するのはよくある話だ。
「山岳地域と河童橋周辺では利用者の種類も行動も違う。たとえば岳沢のときのように山頂をピストンするために食料をテントに置いたり、ザックをデポするというのは、これまでもよく見られた行動であり、責められないところはあります。一方で、山岳地域は自然へのより繊細な対応が求められる場所であるため、コントロールは難しいのですが、統一的なルールが必要だと感じています」
クマを怖がるべきなのか?
環境省が管理する上高地のビジターセンターでは、平日は1日1回、ツキノワグマについてのレクチャーが開かれる。聞く人がそんなにいるのかなと思ったら、20人近くの参加者が熱心に耳を傾けていた。
松野さんが解説してくれた上高地周辺のクマの状況が紹介されるのだけれど、そもそもぼくも含めて多くの人がクマについて詳しいわけではない。食料の管理の徹底と言われても、意味がわからなければ“めんどくさい度”は高まるだろう。
上高地に常駐する民間施設の管理人にクマ対策について聞くと、「2020年の事故から取り組み、頻度が変わりました」と、大きな出来事だったことがわかる。ゴミの保管はゴミ置き場の小屋の引き戸を閉めるだけでなく、シャッターも下ろすようになった。
実はそのときの被害者の女性が、ぼくの出身山岳部のOGだったため、事故直後からライブで管理者側の対応も含めて聞かされていた。ぼくも当時は上高地でクマに襲われるのかとびっくりした覚えはある。
ある雑誌に昨年、彼女に原稿を書いてもらったけれど、キャンプ場の管理のあり方が改善したことについてはほめていた。国立公園内のキャンプ場の事故だったため、環境省も含めて大きな刺激を与えたのは事実のようだ。
先の管理人に実際にクマを見たことがあるかと聞くと、「田代湿原で人だかりができていて2~3mの距離で観光客が写真を撮っていました。なにか食べていたみたいです。その時は清掃作業中で腕章も付けていたから、集まった人には下がってもらって、鈴を鳴らしながら近づいていきました。でも後からインフォメーションセンターの人に報告すると渋い顔をしていた」
クマを刺激するのはよくないということだったのだろう。クマは10分ほどで食べ終わったら去っていったという。
「事故が起きると、危ないんじゃないかと問い合わせが来ることはあります。だけどクマはテリトリーの中を行き交っていますが、人はその中を一本の線で移動している。過度に恐がる必要もないんじゃないでしょうか」
過度に恐がることもなく、かといってこれさえ身に付ければ大丈夫ということもない。シートベルトみたいなものか。ルールを守るというより作法を身に着ける感覚に近い。
「対策をやったからといって100%大丈夫ともならない。でもリスクを下げるために充分な技術や知識をいかに身に着けるかは登山と同じです」
松野さんの説明が耳に残る。
プロフィール
宗像 充(むなかた・みつる)
むなかた・みつる/ライター。1975年生まれ。高校、大学と山岳部で、沢登りから冬季クライミングまで国内各地の山を登る。登山雑誌で南アルプスを通るリニア中央新幹線の取材で訪問したのがきっかけで、縁あって長野県大鹿村に移住。田んぼをしながら執筆活動を続ける。近著に『ニホンカワウソは生きている』『絶滅してない! ぼくがまぼろしの動物を探す理由』(いずれも旬報社)、『共同親権』(社会評論社)などがある。
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