「自分の命を懸けてでも仕留めろ」。猟師が語る“手負い熊”の恐ろしさ【羆吼ゆる山】
長きにわたって絶版、入手困難な状況が続いていた伝説の名著『羆吼ゆる山』(今野保:著)がヤマケイ文庫にて復刊。「赤毛」「銀毛」と呼ばれ恐れられた巨熊、アイヌ伝説の老猟師と心通わせた「金毛」、夜な夜な馬の亡き骸を喰いにくる大きな牡熊など、戦前の日高山脈で実際にあった人間と熊の命がけの闘いを描いた傑作ノンフィクションです。本書から、一部を抜粋して紹介します。羆を仕留めそこなった熊撃ち名人の行方とは――。
文=今野 保、トップ写真=PIXTA
熊撃ち名人
三石川を十キロあまり遡ったところに幌毛という部落(現在の富沢)があった。その幌毛に、熊撃ちの名人と呼ばれた大友さんという老人がいた。
当時、日高の山では、どこへ行っても羆の足跡が見出され、その姿を目にすることもしばしばであった。老人は、そんな山に入って毎年のように二、三頭の熊を撃ちとるので、部落の人たちからは、「熊撃ちの名人だ」ともてはやされていた。
秋の穫り入れもたけなわのある日のこと、隣りの主人が大友さんを訪ねてきて、
「大豆畑が荒らされているから、ちょっと調べてみてほしいんだが」
と言った。
「畑が荒らされているって、どんな具合いにかね」
「うん、大豆のニオが一部こわされて、バラバラになっているところがあるんだよ」
「そうか、足跡はついてないのか」
「うん、ハッキリとは分からないけど、シカでないかと思うんだ。シカだったら、一晩であの畑ぐらい荒らしてしまうべもよ」
「そうだな。よし解った、すぐ仕度して行ってみるよ」
翌朝、腹ごしらえをすませてから銃を背に家を出た老人は、まだ働く人の来ていない豆畑に足を運び、件の豆ニオのところへ行ってみた。思ったとおり、シカの足跡があった。銃で撃たれた際、飛び跳ねて付いたと思われる、深い足跡も残っていた。畑の縁には、走り去るときに付けたものであろう、荒く搔いたような足跡もあり、シカはそこから小笹の藪へ逃げ込んだものと思われた。さらに笹藪の中へ入ってゆくと、多量の血が付着した笹の葉が見出された。銃弾はシカのどこかに命中していて、しかも相当な深手を与えているものと見受けられた。
流れ出た血の量から推して、獲物は近いとみた大友老人は、小笹の中に付いた血の跡を追って、ゆっくりと上っていった。ひと思いに息の根を止めてやるつもりで、シカの全身が見える位置を目で探した。再び歩き始め、ボサ藪の右側に回ってその裏側に出、シカがいるはずのボサ藪を振り返ったとき、はっとしたように老人の足が停まった。
プロフィール
今野 保(こんの・たもつ)
1917年、北海道早来町生まれ。奥地での製炭業を経て、1937年から26年間炭鉱に勤務。その後、室蘭にて土木会社を設立。1984年に事故で右手を負傷するが、入院中に左手で文字を書く練習を行い、その後、執筆活動を始める。著書に『アラシ―奥地に生きた犬と人間の物語』『羆吼ゆる山』(いずれもヤマケイ文庫)がある。2000年逝去。
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