「よう、さくら!」。寅さん気分で歩く矢切の渡しと柴又帝釈天(東京都・千葉県)
休日にどこかへ行きたいけれど、1泊でいくほど時間もない。あるいは、休日にうっかり寝坊したけど、外は晴れていて家でただのんびりするのはもったいない。そんな日には、半日で楽しめる徒歩旅行がおすすめ。江戸川で今なお運航を続ける矢切の渡しと柴又帝釈天へ。
文・写真=佐藤徹也、トップ写真=柴又駅前の寅次郎とさくらの銅像
江戸川を渡って柴又へ。僕も「寅さん」になりたい
映画『男はつらいよ』の舞台としても知られる葛飾柴又・帝釈天。最近では日本人のみならず海外からの観光客も多いという。参道で草団子を食べて、帝釈天をお参りして、江戸川で矢切の渡しに乗って……。帝釈天ツアーの定番コースだ。だが、このコースでひとつだけ気になるのが、矢切の渡しを往復で利用してしまう人が多いこと。それじゃあ渡し船じゃなくて、ただの遊覧船になってしまう。
もちろん、その気持ちもわからないでもない、参道でのお買い物を帰りに考えている人もいるだろうし、なにより松戸側に渡ってしまうと駅が遠くなる。最近は土日のみに一日数本とはいえ松戸駅までのバスも出るようになったが、それでもまだまだ不便。
思えば、あれは『男はつらいよ』の第一作目だったか。寅さんは故郷・柴又に渡し船で帰ってきていた。京成線の柴又駅から歩いてくればすぐなのに、あえて渡し船で帰ってきた寅さん。おそらく成田山あたりで商いがあって、その帰りに旅情を感じたくて船で江戸川を渡ったのだろう。そんな寅さんの心意気を感じたくて、渡し船で帝釈天を目指す徒歩旅行に出かけることにした。
起点となるのは北総線のその名もずばり矢切駅。JR松戸駅からというルートも考えたのだが、こちらは最短距離でも徒歩1時間ほどかかるうえ、クルマの往来が多い水戸街道沿いを歩くことになって、いまひとつ風情に欠ける。その点、矢切駅からなら30分ほどだし、途中からは千葉の田園地帯を歩くことができて気持ちがよいのだ。
矢切駅を出たら少し松戸街道を歩いて西へ。江戸川方面を目指す。しばし続いた住宅もすぐに消え、折り返すように坂を下れば周囲にはキャベツやネギ畑、そして水田が広がる。田園のなかには「野菊の道」と呼ばれるフットパスも設定されているので、これを利用するのもいいだろう。ちなみに野菊の道というのは、この地を舞台にした伊藤左千夫の小説『野菊の墓』にちなんだもの。さきほど下ってきた坂道の途中には『野菊の墓』文学碑というのもあった。
やがて目の前に江戸川の土手が見えてくるので、これを越えて河川敷を少し歩けば矢切の渡しの船着き場だ。船にはとくに時刻表があるわけではなく、乗客が待っていればたとえひとりでも出航してくれる。渡し賃はおとなひとり200円。子どもは半額。乗り込んだらすぐに出航だ。船にはライフジャケットも用意されているので、万が一を考えて着用しておこう。なにせ江戸川の水深は6m以上あるらしい。
船は江戸川を斜めに横切るように対岸へ。川面を流れてくる風が心地よい。思わず鼻歌も出るところだ。細川たかしさんの『矢切の渡し』でもよいが、ここはやっぱり『男はつらいよ』のオープニングに流れる「プアー、プパパパパパパァーン」というほうが気分。やがて柴又側の船着き場が近づいてきて、数分間の船旅は終了。そこから斜面を上がれば、これまた『男はつらいよ』のオープニングでお馴染み。寅さんが、カップルやら日曜画家やらにちょっかいを出してひと悶着あるあの土手だ。
土手を越えたら、そのまま帝釈天を目指してもよいが、その前に『葛飾柴又寅さん記念館』にちょっと寄り道。ここにはシリーズを通して使われた撮影道具はもちろん、名シーンの回想コーナーもあり、そしてなによりもの見どころは、実際に映画で使用された柴又の草団子屋「くるまや」のセットがそのまま大船撮影所から移築されてること。店内の椅子に座って、放浪から帰ってきた寅さん気分に浸るのもいいだろう。
さて、なんちゃって寅さんになったところで帝釈天のお参りである。帝釈天は江戸時代初期に開かれた日蓮宗のお寺。当時から庚申参りのお寺として賑わったらしい。とくに帝釈堂の前面に彫られた浮き彫りの彫刻は見事で、これは仏教説話を表しているのだそうだ。御利益は、開運をはじめ病気快癒、恋愛成就など多岐にわたっている。
お寺をあとにしたら、あとはいよいよ参道歩きのお楽しみ。ここは当然草団子を注文したいところだが、喉が渇いているのも事実で、となればビール。しかし我ながらこの組み合わせはいったいどうなのだと思い、いちおう、お店のお姉さんに「草団子とビールの組み合わせって、ヘンですか?」と尋ねてみると、「いいえー、よくいらっしゃいますよ!」と優しいお返事。
安心して頼んで、この旅の締めとすることにした。
(2018年7月探訪)
DATA
スポット情報:
- 矢切の渡し=TEL047-363-9357。10時〜16時。3月中旬〜11月は毎日運航(夏期は週一運休日あり)。12月〜3月上旬は土日祝日のみ運航(1月1〜7日、帝釈天縁日は運航)。荒天時運休
- 葛飾柴又寅さん記念館=葛飾区柴又6-22-19。TEL03-3657-3455。9時〜17時。第3火曜(休日の場合直後の平日に繰り越し)、12月第3火水木曜休館
- 柴又帝釈天=葛飾区柴又7-10-3。TEL03-3657-2886

ヤマケイ新書 完本 東京発半日徒歩旅行
| 著 | 佐藤徹也 |
|---|---|
| 発行 | 山と溪谷社 |
| 価格 | 1,650円(税込) |
プロフィール
佐藤徹也(さとう・てつや)
アウトドア系旅ライター。徒歩旅行家。国内外を問わず徒歩を手段にした旅を続け、サンチャゴ・デ・コンポステーラ巡礼路中「ポルトガル人の道」「ル・ピュイの道」を踏破。近年はアイスランドやノルウェイなど北欧のクラシック・トレイルを歩くほか、地形図をにらみながら国内近郊の徒歩旅スポットも開拓中。著書『東京発 半日徒歩旅行』シリーズ(ヤマケイ新書)は京阪神版、名古屋版など計5冊を数える。最新刊は『完本 東京発半日徒歩旅行』(ヤマケイ新書)。
半日徒歩旅行のすすめ
休日にどこかへ行きたいけれど、1泊でいくほど時間もない。休日にうっかり寝坊したけど、外は晴れていて家でただのんびりするのはもったいない。そこで、半日徒歩旅行。休日に、歩いて、見て、知って、ちょっぴり心がリッチになるプチ旅行のすすめ。
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