海と森林の密接な関係。先人が築いたそんな風景を歩く。真鶴の魚つき林(神奈川県)

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休日にどこかへ行きたいけれど、1泊でいくほど時間もない。あるいは、休日にうっかり寝坊したけど、外は晴れていて家でただのんびりするのはもったいない。そんな日には、半日で楽しめる徒歩旅行がおすすめ。今回は照葉樹の生い茂る真鶴(まなづる)を散策。

文・写真=佐藤徹也、トップ写真=真鶴半島先端の三ツ石

長い歴史をもつ真鶴の林を歩く

海と森林の関係が語られるようになって久しい。簡単にいってしまえば、海と森林はそれぞれ単独で生態系をつくっているわけではなく、豊かな森林があってこそ、豊饒の海も維持されるというものだ。森から流れ出てくる窒素やリンが海藻やプランクトンを育て、それが魚介類のエサになる。また、海岸線まで張りだした樹林帯は海に陰をつくり、それが魚たちの居着き場になる。

こういったことが近年、少しずつ科学的に解明されてきたのだが、実は昔から漁師たちは経験的にそのことを知っていた。そして、自分たちの漁場に近い森林を「魚つき林」と呼んで、保護、手入れを続けてきていた。

そんな魚つき林のひとつが神奈川県の真鶴半島にある。都心からもほど近く、交通も至便なこの森を訪ねてみた。

東海道本線の真鶴駅を降りバスへ。距離的には駅から歩いてもいけるのだが、それは帰りにとっておく。次第に眼前に広がる相模湾の光景に見とれているうちに、「岬入口」というバス停に着くのでそこで下車する。森はすぐにそこから始まっていた。

車道のまわりには巨樹と呼ぶのに相応しい木々が何本も連なっており、そのため、周囲は晴天であってもなお薄暗い。空を見上げてみれば、樹齢350年を越えるといわれるクスノキやスダジイの枝が、アーチを組むように複雑に覆い被さっている。

巨木が広がる真鶴の魚つき林
巨木が広がる真鶴の魚つき林。天気は快晴だというのに、周囲は昼なお薄暗く、上を見上げれば樹木の枝同士が複雑に入り組んで生長し、太陽の光を遮っていた

真鶴の魚つき林の歴史は古く、江戸時代にはすでに小田原藩によって植林が行われていたのだそうだ。明治に入ると正式に「魚つき保安林」に指定され、その後、1952(昭和27)年まで皇室所有の御料山として管理されていたのだという。ちなみバス停を降りてすぐに小さなお社があったのだが、これは「山の神」と呼ばれ、地元漁民から篤い信仰を受けているそうだ。海の民が山の神を信仰する。まさに海と森林の深い関係性だ。

真鶴「岬入口」バス停近くの小さなお社
「岬入口」バス停で降りると、すぐそばに小さなお社が建てられていた。お社自体は新しいが、石段や石積みはかなり歴史のあるものだということがうかがえる

真鶴岬の先端を目指すには、そのまま車道を歩くもよし、森のなかを歩く遊歩道も整備されているのでそちらに入るのもよし。両方をうまくミックスさせると、それぞれの異なった雰囲気を楽しめるだろう。

やがて日光が差し込むようになると、ケープ真鶴と呼ばれる観光施設が現れるので、その脇を下れば三ツ石海岸に降り立つことができる。ゴロタ浜の海辺の先には三ツ石と呼ばれる大岩が顔をのぞかせており、干潮時には岩礁を伝ってそこまで行くことも可能だそうだ。浜辺では親子が磯遊びに興じており、なんとものどか。右手には伊豆半島や初島も遠望できる。

真鶴半島から相模湾方面を望む
真鶴半島から相模湾方面を望む。海の向こうには小田原の街並み、その裏手に延びるのは曽我丘陵。そしてその背後には丹沢の大山の姿が見える
三ツ石海岸
真鶴半島の先端まで歩くと、そこには三ツ石海岸というゴロタ石の浜があり、その先には三ツ石と呼ばれる岩が海上に突き出ていた。ここは神奈川県の景勝50選にも指定されている

三ツ石海岸からは海沿いの岩場に沿って、番場浦海岸まで歩こう。遊歩道が整備されているので安心だ。番場裏海岸は入り江状になっていて、海水浴を楽しんでいる人もいる。

そこからは遊歩道を上って駐車場へ。来るときにも通ったケープ真鶴をかすめるように車道を登っていき、今度は「お林遊歩道」に入って、内陸側を抜けていくことにする。ちなみに「お林」というのは、この真鶴半島の魚つき林を地元の人たちが愛情を込めて呼んでいる名前だ。

お林遊歩道は落ち葉が降り積もったなかを歩いていく、まさに森の道と呼ぶのに相応しい。さっきまで青い海沿いを歩いていたのがウソのようだ。途中には野鳥観察小屋が建てられているので、野鳥好きはここで休憩をとるのもいいだろう。

三ツ石海岸から番場浦海岸へは遊歩道が整備されている。簡易舗装が施されており、のんびりと散策できるが、台風など大きな嵐の直後には通行止めになることも

あちこちからの遊歩道が交差する高台を越えて北側に下り、中川一政美術館の脇に出れば遊歩道もおしまい。そこからは車道沿いに歩いて岬入口バス停を経由、来るときにはバスで来た道を歩いて戻ろう。周囲は森の香りに包まれ、バスで通ったときとはひと味もふた味も異なる。

ときとして、対向車線が離れ、道路が二分されているような場所があるが、そんなところはたいてい真ん中に大きな樹木が立っており、おそらくはその木を伐採することなく車道を通すための策なのだろう。

森を下りきって車道が海沿いを通るようになると、地元の海の幸を出す食堂がポツポツと現れる。刺身、キンメの煮つけ、サザエの壺焼き……。この日歩いてきた森が育てた地元産の食材を満喫してから、駅まで戻ることにしたい。あえて帰路を徒歩にした理由もここにあった。

(2018年6月探訪)

DATA

モデルプラン:JR東海道本線真鶴駅・・・岬入口バス停・・・三ツ石海岸・・・お林遊歩道・・・真鶴港・・・真鶴駅
歩行距離: 約5,500m
歩行時間:約2時間
アクセス:起終点の真鶴駅へは東京駅から東海道本線で約1時間45分。真鶴駅から岬入口まではケープ真鶴行きの伊豆箱根バスで約8分。日中は1時間に1本程度
立ち寄り
スポット情報:
ケープ真鶴は、軽食コーナーや土産物売り場などもある。足柄下郡真鶴町真鶴1175-1。TEL0465-68-1112。9時〜16時(土日祝〜17時)。無休(臨時休館日あり)
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プロフィール

佐藤徹也(さとう・てつや)

アウトドア系旅ライター。徒歩旅行家。国内外を問わず徒歩を手段にした旅を続け、サンチャゴ・デ・コンポステーラ巡礼路中「ポルトガル人の道」「ル・ピュイの道」を踏破。近年はアイスランドやノルウェイなど北欧のクラシック・トレイルを歩くほか、地形図をにらみながら国内近郊の徒歩旅スポットも開拓中。著書『東京発 半日徒歩旅行』シリーズ(ヤマケイ新書)は京阪神版、名古屋版など計5冊を数える。最新刊は『完本 東京発半日徒歩旅行』(ヤマケイ新書)。

半日徒歩旅行のすすめ

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