荒川の名勝を訪ね、江戸の発明家の足跡を追う。長瀞と平賀源内(埼玉県)
休日にどこかへ行きたいけれど、1泊でいくほど時間もない。あるいは、休日にうっかり寝坊したけど、外は晴れていて家でただのんびりするのはもったいない。そんな日には、半日で楽しめる徒歩旅行がおすすめ。今回は長瀞(ながとろ)で名勝、名山を巡って江戸時代の奇才に思いをはせる旅へ。
文・写真=佐藤徹也、トップ写真=長瀞の岩畳
荒川随一の名勝から昭和の面影を残す宝登山へ
長瀞といえば、海なし県の埼玉にとっては貴重な水辺の観光地。県民なら一度は荒川ライン下りに乗ったり、名物コンニャクをほおばったりしたことがあるのではないか。僕も子どものころのそんな思い出はあるが、それ以上に、大人になってここをカヤックで漕ぎ、瀬で沈して(転覆)流されて、死ぬかと思った記憶のほうがはるかに強烈に残っている。
そんな長瀞をあらためて歩いてみる。秩父鉄道の長瀞駅で下車したら、踏切を渡って5分ほど南下。まずは町名にもなっている長瀞へ。ここは上流域から流れてきた荒川が赤壁と呼ばれる急峻な崖と、隆起した結晶片岩によって挟まれた峡谷だ。とくに結晶片岩のほうは岩畳と呼ばれ、その広さは畳2万枚ぶんともいわれている。延々と広がるその景観は見事のひとこと。ところどころできた適度な段差は天然のベンチのようで、みんなそこに座って川面を眺めている。明治の初めに来日したナウマン博士(ナウマンゾウを命名した人ね)は長瀞の地質的価値を高く評価、現在では「日本地質学発祥の地」とも呼ばれている。
さて長瀞を堪能したら再び駅方面へ。踏切を渡ると目の前にいきなり大鳥居が現れる。ここからが宝登山の参道だ。20分ほど歩いた山麓から出ているロープウェイで頂上直下を目指す。宝登山ロープウェイのゴンドラは丸っこいフォルムで、いかにも昭和の乗り物をイメージさせる。僕が乗ったのは「もんきー号」。もう1基は「ばんび号」という名前だそうで、これまた昭和チックでよろしい。標高差236mを約5分で山頂駅へ。
山頂駅からは10分ほどの登りで宝登山山頂だが、その前に宝登山神社奥宮でお参りをしていこう。ここは日本武尊東征にゆかりのある神社で、この山で猛火に迫られた日本武尊を大きなイヌが守ってくれたのだとか。そんなことから、この神社の神使は三峰神社や御嶽神社と同様にオオカミ。秩父多摩にはオオカミに縁のある神社が多い。
宝登山の標高は497mと控えめだが、眼下に秩父盆地が広がり、その先に奥秩父の山々がよく見渡せる。とくに奥に広がる両神山の山容が印象深い。
下山は徒歩で。最初こそ登山道だがすぐに広い砂利道に変わるので不安はない。
山麓駅まで下りてきたら、その先で往路とは道を分ける細い道に入る。往路がいかにも参道だったのに対し、こちらは完全な生活道。周囲には民家や田畑が続く。やがて車道に出たら右折。道なりに進めば再び長瀞の流れに出るが、その手前にあるのが「埼玉県立自然の博物館」。県内唯一の総合自然博物館で、とくに地質に関する展示が豊富だ。
そして、ここから今回の裏テーマ。
平賀源内という人物をご存じだろうか。江戸時代中期に活躍した人物で、地質学者や蘭学者などさまざまな肩書きを持つが、なかでも発明家としてよく知られている。「エレキテル」と呼ばれる静電気発生装置の発明(実際にはオランダ製のそれを修理、らしい)がよく知られているが、僕が気になったのは彼のもうひとつの発明だ。
それは「火浣布」(かかんぷ)という燃えない布。燃えない布とはいったい?と思うが、その正体は石綿。昔、理科の実験で使った石綿金網のあれだ。彼は石綿をこの地で見つけ、それを繊維化することに成功したのだった。彼が発見した石綿は地質学的にはクリソタイルと呼ばれ、蛇紋岩という鉱物に含まれている。そしてその蛇紋岩が露頭している場所がこの近くにあるのだ。天然の石綿。これはちょっと見つけたい。
そこでまずは博物館で現物を確認し、そのうえで現地へ向かう。曲がりくねった旧道を伝って荒川の上流部へ。川沿いを歩いて、やがて栗谷瀬橋という大きな橋のたもとにそれはあった。あっさり発見できたのには理由がある。だってそこには「蛇紋岩露頭」と書かれた標柱がしっかり打ち込まれていたんだもん。
そこで「おお、これが!」といいたいところなのだが、どうも今ひとつ確信が持てない。博物館で確認したとはいえ、石の形状はすべて異なるし、周囲にはほかの石も転がっている。あれこれと検分し、ようやくこれだろうというものを独断で同定して、その肌触りを確認。たしかに石に混じっている白い部分は爪で簡単に削ることができた。
しかし、この火浣布製の服。仮に実用化されても健康には滅茶苦茶悪かっただろうなというのは、アスベスト(石綿)の有害性を知る僕たちにはいわずもがな。残念。これにて平賀源内ごっこは終了だ。
(2019年11月探訪)
DATA
スポット情報:
- 岩畳=長瀞町長瀞
- 宝登山ロープウェイ=長瀞町長瀞1766-1。TEL0494-66-0258。9時40分~17時(季節により変更あり)
- 埼玉県立自然の博物館=長瀞町長瀞1417-1。TEL0494-66-0404。9時~16時30分(7、8月は~17時)。月曜(祝日、7、8月のぞく)、年末年始休(臨時休館あり)
- 蛇紋岩露頭地=荒川栗谷瀬橋のたもと

ヤマケイ新書 完本 東京発半日徒歩旅行
| 著 | 佐藤徹也 |
|---|---|
| 発行 | 山と溪谷社 |
| 価格 | 1,650円(税込) |
この記事に登場する山
プロフィール
佐藤徹也(さとう・てつや)
アウトドア系旅ライター。徒歩旅行家。国内外を問わず徒歩を手段にした旅を続け、サンチャゴ・デ・コンポステーラ巡礼路中「ポルトガル人の道」「ル・ピュイの道」を踏破。近年はアイスランドやノルウェイなど北欧のクラシック・トレイルを歩くほか、地形図をにらみながら国内近郊の徒歩旅スポットも開拓中。著書『東京発 半日徒歩旅行』シリーズ(ヤマケイ新書)は京阪神版、名古屋版など計5冊を数える。最新刊は『完本 東京発半日徒歩旅行』(ヤマケイ新書)。
半日徒歩旅行のすすめ
休日にどこかへ行きたいけれど、1泊でいくほど時間もない。休日にうっかり寝坊したけど、外は晴れていて家でただのんびりするのはもったいない。そこで、半日徒歩旅行。休日に、歩いて、見て、知って、ちょっぴり心がリッチになるプチ旅行のすすめ。
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