少年時代を回想しながら、半日のんびり里山歩き。八国山緑地(東京都・埼玉県)
休日にどこかへ行きたいけれど、1泊でいくほど時間もない。あるいは、休日にうっかり寝坊したけど、外は晴れていて家でただのんびりするのはもったいない。そんな日には、半日で楽しめる徒歩旅行がおすすめ。雑木林をのんびり歩くべく、東京と埼玉の都県境にある八国山緑地へ。
文・写真=佐藤徹也
ジブリアニメの原点ともいえる、小さな里山を訪ね歩く
『となりのトトロ』といえば、いわずと知れたジブリアニメの代表作。昭和30年代の日本の農村を舞台に、そこへ越してきたふたりの姉妹と「おばけ」との出会いと交流を描いた作品だ。この作品に登場する場所のモデルのひとつが、東京都と埼玉県の県境に位置する狭山丘陵周辺というのはよく知られている。なかでも八国山緑地はアクセスもよく、天気のよい午後にふらりと訪ねてみるのにぴったりだ。都心からほど近いこんな場所に、かくも深い雑木林が残されていることに驚くだろう。
出発は西武新宿線の東村山駅。駅の東口を出たら、まずは西武新宿線の線路からつかず離れずに北へ辿っていく。このとき通る道が、細いながらも緩やかにうねるように延びていて、なかなか趣のある道だなと思ったら看板を発見。なんと鎌倉街道の一部なのだそうだ。鎌倉街道と呼ばれる古道、関東各地に見られるので不思議に思っていたのだが、実際にいくつも存在したようで、東国の各地から「いざ鎌倉!」と、坂東武者が馳せ参じた道を総称してこう呼んでいるのだった。
やがて丁字路に突き当たったらそこを左へ。線路を渡って住宅街を抜けると道はいよいよ八国山緑地の山道となる。入口の直前には「久米川(くめがわ)古戦場跡」の石碑があり、これぞまさに新田義貞が鎌倉を目指して戦い進んだ史跡だ。
住宅脇からすぐに東京都と埼玉県を隔てる尾根道に入る。しばらくは登りが続くが、たいしたことはない。それよりも目を奪われるのは周囲の雑木林だ。新宿から40分ほどで着くバリバリのベッドタウンに、よくぞこれだけの緑が残っていたものだ。実際のところ、埼玉県側は尾根道のかなり近くまで住宅街が延びているのだが、ギリギリで食い止めた印象だ。周囲に生い茂る樹木はクヌギをはじめとする広葉落葉樹が多く、夏になればクワガタやカブトムシもいるだろう。それを証明するかのように木々の腰あたりが泥で汚れている。これはきっと、近所の子どもたちが樹上のクワガタを落とすために蹴飛ばしてついた跡に違いない。ハイ、僕も子どものころよくやりました。
尾根伝いから一度斜面を南へ向かうと、突然日差しが降り注ぐ広場が現れた。ここは「ほっこり広場」と呼ばれていて、森のなかの絶好の休憩ポイントになっている。ベンチ以外には余計な人工物がなにもないのもいい。こんなところでお弁当でも食べていたら、それこそ木陰からトトロが顔を出しそうだ。
ここからさらに下った斜面に建っている新山手病院、東白十字病院は、『となりのトトロ』の主役、さつきとメイのお母さんが入院していた七国山(!)病院のモデルになったといわれている。もちろん現在では近代的な建物になっているけれど。ちなみに八国山という名前の由来は、上野、下野、常陸、安房、相模、駿河、信濃、甲斐という八カ国を望めるほど眺望がよかったことから名づけられたらしい。
このあたりからはいくつもの道が錯綜しているが、あまり細かいことは気にせずに自由に歩いてみる。万が一迷ったところで、下っていけばすぐに住宅街に出るのだ。
周囲からはさまざまな野鳥の声が聞こえてくる。新緑の季節だったので、緑に隠れてその姿はあまり見ることができなかったが、ここにはコゲラ、アカハラ、ツグミ、シメなどが生息しているらしい。野鳥にくわしい人なら鳴き声だけでいろいろ判別できるんだろうな。残念ながら僕にわかったのは、「チョットコイ、チョットコイ」のコジュケイだけだったけれど。
ここから、ちょっとした湿原を思わせる「ふたつ池」や、思わず寝そべりたくなる「ころころ広場」を抜けると、やがて八国山緑地の西側出口に至る。そこから西武西武園線の終着駅・西武園駅まではすぐの距離だ。電車に乗れば、ひと駅でスタートした東村山駅へ戻ることができる。
ここまで来たのならもう少し『となりのトトロ』的な出会いもしてみたかったなと思いつつ駅に向かったところ、どうやらこの日は西武園競輪の開催日だったようで、ぞろぞろと現れたのは、さつきやメイが見つけた「まっくろくろすけ」ではなく、ギャンブルでスッカラカンになったと思われる苦虫顔のおじさん軍団だった。
まあ、こちらも子どもではなく立派なおじさんなので、これはこれでしかたあるまい。
(2018年4月探訪)
DATA
スポット情報:八国山緑地=東村山市諏訪町2〜3、多摩湖町4。TEL042-393-0154

ヤマケイ新書 完本 東京発半日徒歩旅行
| 著 | 佐藤徹也 |
|---|---|
| 発行 | 山と溪谷社 |
| 価格 | 1,650円(税込) |
プロフィール
佐藤徹也(さとう・てつや)
アウトドア系旅ライター。徒歩旅行家。国内外を問わず徒歩を手段にした旅を続け、サンチャゴ・デ・コンポステーラ巡礼路中「ポルトガル人の道」「ル・ピュイの道」を踏破。近年はアイスランドやノルウェイなど北欧のクラシック・トレイルを歩くほか、地形図をにらみながら国内近郊の徒歩旅スポットも開拓中。著書『東京発 半日徒歩旅行』シリーズ(ヤマケイ新書)は京阪神版、名古屋版など計5冊を数える。最新刊は『完本 東京発半日徒歩旅行』(ヤマケイ新書)。
半日徒歩旅行のすすめ
休日にどこかへ行きたいけれど、1泊でいくほど時間もない。休日にうっかり寝坊したけど、外は晴れていて家でただのんびりするのはもったいない。そこで、半日徒歩旅行。休日に、歩いて、見て、知って、ちょっぴり心がリッチになるプチ旅行のすすめ。
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