【書評】あらゆるリスクに対処するノウハウを図解で解説『完全図解 山岳セルフレスキュー教本』
評者=木元康晴
山岳地帯には急峻な地形や悪天候時の厳しさ、高山病などさまざまなリスクがある。行動中、それらのリスクに適切に対処できなければ、トラブルに結びついてしまう。トラブルは絶対に避けたいが、完全に防ぐことはできない。山に登り続けるかぎり、いつかは必ず何らかのトラブルに遭遇するのは免れないと言っていいほどだ。
本書は、その場にいる登山者自身がトラブルに対処するための一連のノウハウである、セルフレスキューの具体的な技術について徹底的に図解したテキストだ。
セルフレスキューの技術は、広義には道迷いからのリカバリやビバーク、ファーストエイドも含む。本書では第1部の「セルフレスキューの前に」で、それらについて解説している。
ここでぜひ一読してほしいのが、ルートファインディングの重要性を記した部分だ。今は登山時のナビゲーションには、スマートフォンの画面上に現在地を示す、地図アプリを使うことが一般化した。これを使えば、安全だと考える人も多いだろう。しかし道迷い遭難は依然として多発しているし、ルートミスを発端とする滑落事故も少なくない。地図には表われない地形のリスクが存在し、単に現在地がわかっても、正しい進路に向かえるとは限らないからだ。現地で周辺状況を観察し、進路を見いだしていく方法についての解説は、多くの登山者に役立つはずだ。
一方、狭義のセルフレスキュー技術は、ロープを使っての危険箇所からの離脱や搬送が中心で、第2部以降で詳細に解説されている。この部分は一般登山者向きではないが、従来行なわれてきたものよりも、新しくて効果的なロープワークやシステム構築法がいくつも紹介されていて、日常的にロープを使用するクライマーやガイドにとっては、最も読み応えがある部分といえる。
そして本書のキーポイントは、実際にトラブルに直面し、セルフレスキュー活動を始めようとするときの、考え方の指針を明確に示したことにある。計画性のない消去法ではなく、探索、分析、分離、解決と対応していくPAIR法や、状況把握から始めて実際の行動に向かうメンタルマップの構築などの知識をもつことは、気が動転しがちな事故の現場において、適切な判断を可能にするはずだ。
「登山は自分たちで始めて、自分たちで終わらせるのが原則」との考えを根底に置いた本書は、ほかにもさまざまな示唆に富んだ記述が多い。難解に感じる部分もあると思うが、比較的習得しやすく活用場面も多い搬送方法などを学んでおくと、必ず役立つに違いない。そしてクライマーや、バリエーションルートをめざす登山者であれば、練習を繰り返した上で、ここに記される高度なセルフレスキューの技術を身につけることを目標にしよう。

完全図解 山岳セルフレスキュー教本
| 著 | 笹倉孝昭 |
|---|---|
| 発行 | 山と溪谷社 |
| 価格 | 2,750円(税込) |
笹倉孝昭
日本山岳ガイド協会認定山岳ガイド。国立登山研修所講師。1990年、パキスタンヒマラヤのトランゴ岩塔群で南浦健康、保科雅則、木本哲らと登攀。剱岳、穂高連峰などでガイディングを行なう。本書は、本誌連載「登山技術としてのセルフレスキュー」(2022年9月号~24年6月号)に加筆増補したもの。
評者
木元康晴
日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅢ。著書に『山のABC 山の安全管理術』『IT時代の山岳遭難』(ともに山と溪谷社)など。
(山と溪谷2025年1月号より転載)
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