“ど~んど~ん”山から聞こえる奇妙な音、大きな笑い声【山怪】
山で働き暮らす人々が実際に遭遇した奇妙な体験。べストセラー山怪シリーズ『山怪 参 山人が語る不思議な話』より一部抜粋して紹介します。
文=田中康弘
山音
山では実にさまざまな音が聞こえる。鳥のさえずり、木々のざわめき、動物の鳴き声。しかし時には山に慣れた人でも、ぎょっとする音に出くわすことがあるのだ。それが人の笑い声であったり絶叫なら、髪の毛が総毛立つだろう。
「私が住んでいる所から西のほうは時々“ど~んど~ん”って音は聞こえますね。それが何かはよく分かりません。富士山の自衛隊ですか? そんなことはないでしょう」
東京都檜原村のシルバー人材センターで会った人は演習の音ではないと言う。実は周辺では謎の“ど~んど~ん”を聞いた人が少なくない。奥多摩方面の林業関係者もたまに聞くが、彼らはそれを富士山の自衛隊の演習音だと納得している。
檜原村のベテラン猟師平野公一さんも猟の最中に聞いたことがあるという。もちろん猟銃の発砲音ではなく、辺りに響くような感じだったそうだ。三峯神社の参道で土産物店を営む人も“ど~んど~ん”を聞いている。果たしてこれらは本当に北富士演習場から聞こえたのだろうか。
演習場からは奥多摩町まで直線約50キロ、三峯神社は約60キロである。平野や海上ではなく、間には山々があり多くの町がある。そこを飛び越えて、ピンポイントで突然“ど~んど~ん”が降ってくるものだろうか。また演習場の音だとしたら、一日中聞こえなければ妙である。自衛隊のホームページで演習日のスケジュールを確認すると、朝から晩まで訓練をしているからだ。つまり二、三回“ど~んど~ん”が聞こえて終わる訳がないのである。
この謎の音は東北地方でも聞かれている。岩手山の麓、雫石でペンションを営む人も山中で聞いている。それは地響きが辺りにするくらいだったそうだ。
*
ペンションのオーナーはこの音以外にも子供の頃の話をしてくれた。
「私は山梨県の山村の出身なんですよ。子供の頃、事情があって近くの家を転々とした時期があったんです」
或る家に厄介になっていた時だ。オーナーが一人二階の部屋で寝ていると、突然“わーはっはっはっはっは”と大きな笑い声が聞こえてきたのである。真夜中、突然の大笑いに目を覚ましたオーナーは布団から起き上がった。
「下には大家さんのお爺さんが一人住んでいました。普通なら目が覚めても起き上がったりしませんよ。でもそのお爺さん、十日くらい前に死んだんです。下には誰もいないはずだから、変だと思って起き上がったんですよ」
起き上がったはよいが、結局下まで確かめに行くことは出来なかったのである。やはり子供には恐ろしい出来事だった。
これと似た例は秋山郷のマタギが経験している。夜の山の中で突然の大きな笑い声に包まれて集落に逃げ帰る話だ。大笑いだったり“ど~んど~ん”だったり、山の中では特別に賑やかな日があるらしい。
(本記事は、ヤマケイ文庫『山怪 参』を一部抜粋したものです。)

山怪 参 山人が語る不思議な話
| 著 | 田中康弘 |
|---|---|
| 発行 | 山と溪谷社 |
| 価格 | 880円(税込) |
プロフィール
田中康弘(たなか・やすひろ)
1959年、長崎県佐世保市生まれ。礼文島から西表島までの日本全国を放浪取材するフリーランスカメラマン。農林水産業の現場、特にマタギ等の狩猟に関する取材多数。著作に、『シカ・イノシシ利用大全』(農文協)、『ニッポンの肉食 マタギから食肉処理施設まで』(筑摩書房)、『山怪 山人が語る不思議な話』シリーズ『鍛冶屋炎の仕事』『完本 マタギ 矛盾なき労働と食文化』(山と溪谷社)などがある。
山怪シリーズ
現代の遠野物語として話題になった「山怪」シリーズ。 秋田・阿仁のマタギたちや、各地の猟師、山で働き暮らす人びとから実話として聞いた、山の奇妙で怖ろしい体験談。
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