【書評】「どこまで行けるか」求道的挑戦を続ける男のドキュメント『スピードツーリング 山岳アスリート 藤川健の半生と記録』
評者=長谷川 哲
一日で大雪山系60㎞をスキー縦走する――昨秋、NHK北海道ローカルで放映された1時間番組が話題となった。挑んだのは山岳スキーヤーの藤川健。ダイナミックなコース取りや手に汗握る難所の通過、またその挑戦にかける思いは、実に見ごたえあるものだった。
藤川は1974年北海道出身。2000年代初頭にテレマークスキー・シリーズレースで5年連続優勝。その後、SKIMO(山岳スキーレース)日本選手権で7連覇を達成し、10年ほど前からはレースと並行してスキーによる超長距離縦走、スピードツーリングに取り組む。並外れた体力と技術、判断力が可能にする彼ならではのオリジナリティあふれる挑戦だ。
ただ、雪の深山を単独かつハイペースで行動するため、冒頭のような機会がないとビジュアル的に人目に触れにくい。山域のスケールや地形、気象などを知らない人には難易度がわかりにくく、ともすると数字だけに目が行きがちだ。また彼自身、積極的に自らをアピールするタイプというより、ある種“求道者”的な面もあって(たぶん)、挑戦の意義やそこにかける思いなども伝わりにくかった。
本書はそんな藤川の活動、記録を本質的に教えてくれるものである。本誌編集部員として長年彼の記録に触れ、プライベートでもBCスキーを通じて交流のある著者が、3日間のロングインタビューやオンライン取材を通じて彼の挑戦を深く掘り下げてゆく。
核となるのは第2章に収められた6本のスピードツーリングの記録だ。大雪山系縦走や日本オートルートに続いて、夕張岳(ゆうばりだけ)~芦別岳(あしべつだけ)~富良野西岳(ふらのにしだけ)の夕張山地縦走、積丹(しゃこたん)山地ループ縦走、増毛(ましけ)山地ループ縦走といったタイトルが並ぶ。個々のピークは登攀や滑りの対象となり得ても、これらをつなぐという発想をする人がはたしているだろうか。それもたった一日で。
だが、藤川はそこに独自の意義を見いだし、ルートを探り、入念な準備のもと決行に移す。しばしば不測の事態にも直面するが、そこは卓越したレベルの判断とスキルで堅実に乗り越えてゆく。脳内に次々と展開するシーンは、著者の臨場感あふれる描写によるものだ。
そんなストイックなまでの挑戦に藤川を向かわせるものは何なのか。あるいはスキーや登攀技術はどのように磨かれてきたのか。その疑問を解くのが、生い立ちからスキーへの目覚め、そしてSKIMOへの参戦をつづった第1章だ。特に海外の過酷なSKIMOとの出会い、そこからスピードツーリングへと向かう流れは興味深い。
本書では、今なお破られていない日本百名山最速踏破についても多くのページを割いている。これも33日間という数字ばかりが伝説化しがちだが、あらためて読むと、ほかの挑戦と同様、藤川だからこそ成し得た、とんでもない記録であることを認識させられよう。

スピードツーリング
山岳アスリート 藤川健の半生と記録
| 著 | 横尾絢子 |
|---|---|
| 発行 | 六花編集室 |
| 価格 | 2,530円(税込) |
横尾絢子
1978年生まれ。編集者・ライター。気象予報士。日本山岳・スポーツクライミング協会SKIMO委員。気象会社ウェザーニューズ、朝日新聞社の子会社を経て、2011年から『山と溪谷』の編集に携わる。20年、長野県佐久市への移住を機に独立し、六花編集室を設立。登山・スキー・アウトドア関連の編集・執筆多数。
評者
長谷川 哲
1964年生まれ。フリーライター。近年は主に『北海道夏山ガイド』シリーズ(北海道新聞社)の取材執筆陣として道内各地の山を巡る。
(山と溪谷2025年2月号より転載)
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